第二章 よふかし指南 6


「…………くっ、あはは! まさか本気に捉えていたのか? だとしたら、そいつは大きな間違いだな。間違っているよ、少年」
「……僕を弄んだんですか」
「弄ぶ。良いねえ、良い響きだ。今度からもっとやってみようかな? やっぱり人間に色々とやるのは面白いものだよ」

 やられた人間からしたら、全く面白くも何ともないのだけれど、それについては何か答えてくれるのだろうか――いや、答えてはくれないだろうな。

「……吸血鬼同士での交流というのは、あるんですか?」
「あるよ、そりゃ。……吸血鬼というのは人間と比べればその数はあまりにも少ないからねえ。幾ら一匹狼を貫こうったって無理があるのさ」
「一匹狼の吸血鬼も居るんですよね。全員が全員そうじゃないとは思いますけれど……」
「LINEグループがあるよ」

 LINEグループって。
 一気に現代っぽくなってしまったような気がする。身近な感覚、とも言えるかもしれないけれど。

「……そのLINEグループって、流石に僕は入れませんよね?」
「そうだな。もう少しここで研鑽を積んでからかな。そうしたら考えてあげても良いよ。紹介もしたいしね」

 紹介してくれるのか。
 何というか、もっと吸血鬼のネットワークって閉鎖的なイメージがあったけれどな。

「吸血鬼だって、仲間は欲しいのさ。孤独ではあるからね……。それに、いつも狙われている。吸血鬼というのは、制約こそあれど人間の寿命よりかは遥かに長く生きることが出来る。その長寿を狙おうと画策する人間は少なくない、って訳」
「なら、猶更人間に不信感を抱きそうなものだけれど……」
「そこは、やっぱ価値観の違いって奴? 長く生きていると、見分けがつく物なのよ。人間は人間でも、この人間は良い人間だな、この人間はあまり付き合わない方が良いな、ってね」

 人生経験が豊富だから、そういう分別が付きやすいということ――なのだろうか。
 いや、或いは鬼生?

「別に人生で良いと思うけれどね……。人であることは変わりないのだし。あ、いや、正確に言えば人っぽい何かってことかな? スタンスが違うと言えば良いのかな。何処まで言えば良いのか分かんないけれど、それについては追々分かることもあるだろうよ。……吸血鬼と触れ合えるのが、これで終わりだと思った?」
「え……。いや、別にそんなことは思っていないですけれど。どうしてそう思ったんですか?」

 もしかして、僕があまり認識していないうちに、そういう気怠いオーラでも出していたのだろうか……。だとしたら、そりゃあ大失敗と言っても良いだろう。幾ら何でも警戒し過ぎたか。

「吸血鬼は、絶滅危惧種と言っても差し支えない。レッドリストは聴いたことがあるだろう? あれに入っていてもおかしくはない訳だ。……まぁ、そんなことを国が認めるかどうかは別として、いずれにせよ、それを公言しないのも何かしらの理由があるのだろうよ。……或いは、敢えて公言しないことで吸血鬼を保護しているとでも思っているのかもしれないね? 実際は自分達だけでその利益を享受したいだけなのかもしれないけれど」
「利益を享受……うーん、良く分からないけれど、吸血鬼ってそんなにメリットがあるのか?」

 少なくとも、さっきの話からしたら――メリットとして浮かんでくるのは、寿命が人間より長くなるくらいか。
 けれども、それって人間の血を吸っているから、その生命エネルギーを糧にしているだけであって――デメリットの方が大きいのではないだろうか?

「その通りだよ。メリットばかり見ているがね、デメリットもそれなりにある。いやさ、そっちの方が大きいんじゃないかな、って私は思うのだけれど……、人間の考え方は違うんだよな」
「違う?」
「違うだろ、実際。……人間というのは、全員が全員自分のことだけを考えている訳ではないのは、当然理解していることではあるがね。それでも、自己中心的な考えの持ち主が居るからこそ、我々のような存在が影で暮らしていかないといけない訳だ。ま、人間が大多数を占めている以上、致し方ないことではあるがね」
「吸血鬼もそんな考えを持っているのか……。だとしたら、人間ってのはかなり傲慢な生き物なのかもしれないね」
「そう思ってくれるだけでも有難いだろうな。人間というのは、自分達しか見えていないからね。……さて、長々と話をしていても何も進まない。少しアクションを起こさないといけないな。具体的には――これからどうするべきか、一度情報共有しておいた方が良い」

 情報共有?
 具体的に何かを言ってくれないと、全然理解出来ないのだから、少しははっきりとして欲しい。
 いや、或いはそういう『足りない』考えが吸血鬼の基本なのか?
 あまり、吸血鬼を貶めたくはないのだけれど……。

「……ただ、そいつ連絡がつかないんだよな。連絡が今取れないということは、早くても次の日にならなければ話は進まない。忙しいようで忙しくないような人間だからな、あいつは。自分のプライベートを仕事以上に優先している……、今考えると新しい働き方なのかもしれないが」

 梓さんはそこで、ニヒルな笑みを浮かべる。
 何か良いアイディアを考えついたようでもあった。

「――じゃ、方針転換。今日は情報収集がてら、よふかしを楽しもうじゃないか?」

 全く、この吸血鬼は何を言っているのかさっぱり分からない。
 僕の想像を遙かに上回る、とてつもないプランを常に持っているようだった。
 しかし、それに興味がない――といえば嘘になる。
 だから、僕はそれに頷くことしか出来ないのだった。



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