第二章 よふかし指南 7


 夜の街は好きだ。
 だけれど、あまりそれを深々と観察した記憶はなかった。見た目から考えれば、中学生ぐらいに見えてしまうこともあって――見た目だけで判断されるのは甚だ遺憾で不愉快なのだが――結果として、僕は夜の街を大っぴらに見に行ったことはない。
 全て、人を殺すためだった。
 ……そう述懐すると、殺人鬼の発言としか考えられないのだけれどね。
 梓さんの根城があるのは、繁華街から離れた場所にある。よって、繁華街に向かうには何かしらアクションを起こさなければならない。バスを使うもよし、電車を使うもよし、歩くもよし……。
 僕は今、赤いスポーツカーに乗っていた。運転をしているのかと言われると、即座に僕は否定するだろう。未だ免許を取れる年齢には至っていないからね。知識だけはあるから、やろうと思えば出来るんだろうけれど。
 自動運転技術、が実際に研究されて、実用化に向けた取り組みが始まってから……、もうどれぐらいの年月が経過しているのだろう? あまり考えたことはなかったけれど、この様子じゃ僕が免許を取得出来るようになるまでには、安価で購入なんて夢のまた夢だろうな。実用化は既に成功していて、世の中には自動運転技術を用いた自動車――まさに自ら動く車、って訳だけれど――も広く出回ってはいる。値段という点に目を瞑れば、購入することも出来るだろう。尤も、この国では全ての道路でそれを使える訳ではないらしいけれど。

「あー、かったりい。本当にかったりいよ。……どうして人間は自ら車を運転したいと思っているのかねえ? さっぱり理解出来ない」
「そんなこと言いつつ、普通に車を運転しているじゃないですか。……まさか、無免許じゃないですよね?」

 それはそれで困る。……ってか、絶対にそうであって欲しくない。

「流石にそこまでやっていないよ。法律を守るのが、この世界で暮らしていく上でのマストでもあるからねえ。この世界は人間が大多数を占めているばかりではなく、圧倒的な権力を誇示している訳で。だったら、それに……長いものに巻かれろ、とまでは言わないけれど、従っておくべきなのさ。実際問題、それで何か不具合が起きた訳でもないしね」

 不具合が起きたら、それはそれで問題だろうな……。実際、僕も生きていく上でルールの意味が分からないところも多々出て来る。
 じゃ、それについてどうしていけば良いか……といったら、ルールはルールで、破る訳にはいかないから泣き寝入りするしかない訳だ。
 だから、人間でもルールの意味が分からないことだってあるのだから、吸血鬼にそれを守らせようというのも、間違いといえば間違いだったりするのだ。ま、僕が無力な未成年だということも、懸念材料として考えてくれれば良いよ。

「吸血鬼だって、ちょっとは人間のルールに文句を言ったって良いだろうよ。駄目か? 人間のルールには何も言わずに従えとおっしゃるのかね?」

 別にそこまで強気に言わなくても良いじゃないですか。
 というか、絶対そんなこと言わないし、言いたくないし。
 僕は弱い人間なんだよ、それぐらい理解してくれないか。

「……ま、人間は弱い生き物だよ。それは分かる。何かあれば直ぐに精神を摩耗させてしまうだろう? 長い目で見れば、そこで怒っちまえば良いだけの話なんだよ。けれども、それが出来ないのだろうな。人間というのは、やはり自分一人では生きていけない。そう思ってしまうのが問題なのかもしれないけれど、しかしながら、それがそう割り切れないのもまた人間なのかもしれないけれどねえ」

 車はどんどん加速していく。正確には、常に加速し続けている訳ではないのだろうけれど、ここまで減速を見せていないところを考えると、やっぱり吸血鬼って何処か人間には考えられないようなポイントがあるというか、何というか……。このまま事故らなければそれで良いけれどね。

「……ところで、この車で何処まで行くんですか?」

 高速道路は乗っていないとはいえ、まあまあ距離を走っているはずだ。このままではこの都市の外に出てしまいそうなぐらい。

「そこについては、到着してからのお楽しみってことで」

 梓さんは、サプライズ好きなのかもしれない。そんなことを思ったけれど、取り敢えずは何処に連れて行くかを少しは楽しみにしておくしかない、そう思った。流石にダメージを負う可能性は……まあ、否定はしないけれど。
 


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