第二章 よふかし指南 8


「着いたぜ、ここが行きたかった場所だよ」

 暫く車を走らせていた梓さんが、漸く何処かで車を止めたかと思いきや、いきなりダイレクトにバックで駐車場に入っていったのを見た時は、流石に何も言えなかった。
 車の免許を持っていないし、未だ持つことの出来ない年齢ではあるから、その辺りの常識は全然分からないのだけれど、意外と運転に慣れちゃえばそんなことも可能だったりするのだろうか?
 というか、僕が車を運転する姿を、なまじっか想像することが出来ない。

「……車の運転に慣れなくても別に問題はないと思うけれどね。昔は、マニュアルじゃなきゃ笑われるだとか、そんな偏見もあったらしいけれど、今はその頃と比べればほぼほぼ無くなっているのだし。それに、車だってバックモニター付きが主流になっているじゃない? あれが無かったら、多分そこまで上手くなる人も居ないと思うけれどね。バックの駐車ぐらいだったら、車に搭載された人工知能が勝手にやってくれるモデルもあるぐらいだし」
「あー……何か聞いたことはあるけれど、でもそれって高級車しか搭載されちゃいないんだろ? 今乗っている車に搭載は無理だろうし……」

 バックモニターはカメラさえ付ければ何とかなるんだろうけれど、その機能は多分ただの改造じゃ済まないだろう。だって、人工知能を搭載しているのなら、それなりに処理が出来るコンピュータを搭載せねばならないだろうし。

「何を考えてんのかは知らないけれど、一言だけ言っておくよ。……甘えんじゃねえ、と。昔はそんな技術なかったんだ。そりゃあ、事故は多発していたかもしれないけれど、でも何とかやって来た訳だからね」
「……まるで、今までそれを見てきたかのような口振りですね」
「見てきたからそう言っているんだよ」

 あっけらかんと。
 さも当然のように語り出す梓さんに、少しだけ僕は笑いを抑えきれなかった。
 とはいえ、大爆笑とまでは行かないけれどね。

「何笑っているんだよ、ケツバットするぞ」

 大晦日の風物詩だったやつですね、はい。
 はいと言いましたが、許可はしません。

「じゃあタイキックにするか?」
「何でグレード上げたらOKになると思ったんですか」
「田中タイキック」
「僕は田中じゃないですよ!」
「……正直、田中ばかりタイキックされるのも可哀想なのは可哀想なんだよな。でも適役が居ないからなぁ。ビンタでも喰らっとく?」
「アズサマイフレンド」

 取り敢えず何故暴力に突っ走ろうとしているのかは分からないし分かりたくない。
 もしかして吸血鬼ジョークなのか?
 そんなジョーク、あるとしたらその時点で滑稽だけれど。
 辿り着いた場所について、僕はきちんと説明しなくてはならない。
 駐車場はある――が、そのスペースは非常に狭く、限られている。
 というか、ここって実際には私有地だよね? 仮にそうだとしたら、不法侵入とか言われないかな……。その辺りをクリアーしているようには見えないし。

「私有地であることは確かだけれど、許可を取るのは無理だよ。……だって、近くに住んでいる訳でもなければ、連絡を取ることだって出来ないのだし」
「どういう意味ですか?」
「文字通りのことだよ。……つまり、ここの所有者は幾ら我々が横暴を働こうとも気にしてはいない。それどころかチェックも出来ないだろうね。正確には干渉出来ないとでも言えば良いんだろうが」

 それってつまり、既にこの世には居ない――ってことなんだろうか。だとしたら、その言葉の意味もすんなり通ってくるし。
 そもそも何をするためにここに来たのかも分かっていない以上、ここであーだこーだ言うのは間違っている、かもしれない。

「……その通り。ここの持ち主はとうのとっくに死んでいる。身寄りも居なかったから、正確に言えばこの土地は宙に浮いた状態だよ。ま、実際にはそんなことはなくて国が管理している国有地って扱いになるんだろうがね」
「国有地なら、猶更入っちゃ不味いのでは?」
「不味いとか不味くないかとかの話じゃない訳。……国有地とは言ったけれど、それが正確なものではないってことだよ。持ち主は確かに死んだよ。そして、この土地の扱いも宙に浮いた状態だった。けれども、勝手にここを持ち去る権利なんて、ありゃしないと思うのだけれどね」
「……つまり、ここの持ち主が存在する、と?」
「今、その持ち主に会いに行こうとしている訳」
「……騒がしい音がすると思ったら、見知っている顔やないの」

 声がした。
 振り返ると、門の向こうに誰かが立っている。セーラー服にブレザーを羽織った少女は、赤い髪をポニーテールにしていた。そして、口には煙草を――正確には火がついていない煙草を、咥えている。

「……やあ、遊びに来たよ、かえちゃん」

 それを聞いた『かえちゃん』は少しだけ顔を赤らめながら、話を続ける。

「私のことをかえちゃんと呼ぶのは、アンタぐらいだよ……梓」

 踵を返し、ゆっくりと歩いて行く『かえちゃん』。
 それを見て、梓さんもその後を追いかけていった。
 僕もまた、それを見て追いかけざるを得なかった。



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