第二章 よふかし指南 9
廃墟――とは言ってみたものの、意外と中は小綺麗になっていた。
外観だけだったのかもしれないけれど、こういうのはちょっと面白い。もしかしたら、かえちゃんとやらがちょくちょく綺麗にしていたのかな? そんなイメージはあまり想像出来ないけれど。
「……今、私のこと馬鹿にしたやろ?」
振り返らずにそんなことを言ってきたので、僕はどきっとした。
まさか心でも読み取ることが出来るのか?
「……図星ってとこやね。別に心を読み取ることは出来へんよ。けれど、仕草で分かるんよ。もっと言うなら、空気……ってとこやね。いずれにせよ、顔見んでも分かるんよ。これは別に吸血鬼の特徴ということやなくて、人間やって出来ることやと思うけれどね」
「そうなんですかね? 少なくとも、そんなトレーニングが出来るとは思えないですけれどね。それとも、第六感(シツクスセンス)って奴?」
「実は生きていた人間が死んでいた、っていうあの?」
それは映画だ。
とんでもないネタバレをぶち込んできたが、あれは随分昔の映画だし問題ないだろ、多分。
梓さんは長生きしていたからかもしれないけれど、時折ツッコミ含め言動が古い気がする。僕でもギリ分かるぐらいだぞ、そのネタは。最近はテレビで古い洋画を放映しなくなっちゃったから、見る機会はどんどん失われつつあるのだろうけれど……。
「ネットフリックスやアマゾンプライムがあるだろうが。あれで古い映画も新しい映画もドラマもアニメも履修出来る」
「理屈は分かりますけれど……。ってか、梓さんネットフリックス加入してんですか」
「しているよ。面白い映画はそこで見ているからな。こないだも……アレを見たよ、『ショーシャンクの空に』」
だからいちいちチョイスが古いんだって。
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」
「えーと、それは……フォレスト・ガンプ?」
「分かるじゃないか」
梓さんが拍手しつつ答えた。
いや、そういう話ではないのだけれど……。
「梓は映画とかドラマとか好きやからなあ。人間の物に強い興味抱いとるんは相変わらず、ってちゅーとこか」
そこで割り込んできたのはかえちゃんだった。
「人間の文化も面白いものよ、かえちゃん。ちょっとは外に出て学習してみたら?」
「私のこと馬鹿にしとるんか?」
何かやばいところを突っ込んでしまったのか。
或いは、元々地雷原を闇雲に突っ走る算段でもあったのか。
いずれにせよ、かえちゃんに言ってはいけないことを言ってしまった――そんな感覚はあった。
「梓、たまに私のとこに来ると、何か厄介なことばかし持ち込んでくるから、正直嫌なんよ。けれど、まあ、吸血鬼のネットワークちゅーのは年々縮小しつつあるし、拡大する様子もない。だから、支え合って生きていかなあかんのは重々承知しとるんやけれどな。やけれど……」
かえちゃんも葛藤しているんだな。
吸血鬼のネットワークが縮小している、ってのはちょっと気になるけれど。
「……今はなかなか眷属を作るのも難しい状況だからね。こればっかりは致し方ないところもあるのよ。時代の流れ、とでも言えば良いのかしらね」
梓さんの言葉に、かえちゃんは失笑する。
「アンタ、私を慰めとるつもりか? アンタやって眷属を作っとるやないか」
「眷属? ……ああ、この子のこと?」
僕を指さして、梓さんは言った。
「……せやで。ソイツ、眷属とちゃうんか。一緒につるんでるってことは」
「いや、違うのよね……。何というか、共闘?」
「共闘?」
そこで漸くかえちゃんも首を傾げる反応を示すに至った。
まあ、普通に言われても分からないよな……。ここまでに至った顛末を説明しないと。
「それについて説明と、今後の対策をしにやって来たのよ、かえちゃん。だから少しは怒らないで聞いてくれると嬉しいのだけれど」
「別に怒ってへんよ。……ふうん、共闘、ねえ。それと眷属って何が違うん?」
かえちゃんは再び歩き始める。
にしても、ここは広い空間だ……。駐車場の場所からは想像もつかない。もしかしたら奥に長い建物だったのか……、いや、だとしても広い。一軒家という感じには思えないけれど、一体どういう構造をしているのだろう?
それに、さっき通った経路を思い返してみると、広い玄関を通ってからずっと廊下を歩いている気がする。一度も部屋に入っていないのだ。部屋に入るための通路が廊下なのであって、つまり部屋へ続く扉――もしかしたらその先も廊下が続いている可能性は否定出来ないけれど――は幾つかあった。けれども、廊下の長さは尋常じゃなかった。ずっと話をしていたのに、未だ終点まで到達しないぐらいだ。
「眷属とは違うところ? そりゃ勿論……『吸血』をしていないところ、かしら」
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