出張ドラゴンメイド喫茶、南の孤島支店・1 (メニュー:そうめんとチキンカレー)


 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。
 あらゆる世界に干渉出来る第666次元軸に存在する喫茶店は、結局の所暇だった。

「出張で店を出す?」
「いつもここに来てくれる大富豪が居るんだけれどね」

 いきなり突拍子もないことを言い出したのは、この店の唯一のコックでありドラゴンメイドのメリューさんだった。

「……大富豪がどうかしましたか?」
「自分で島を持っているんだと。その島でパーティーを開くから、コックとして来てくれないか――ってことだ」
「幾ら何でも、便利屋として扱い過ぎじゃないですかね?」

 それで何かしら利益を得ているなら未だ良いものを、案外メリューさんは人情を大事にするきらいがあるからな。そういうことは否定出来ないし、否定したところで何の意味もなかったりする。
 閑話休題――しかしてそれを言い切ったところで、俺が不利益を被ることだらけであるかと言われると、まあその通りだ。何故なら料理を作るのはメリューさんの本分だけれど、実働部隊はそうじゃない。そりゃ、たまにはメリューさん自らが前線に出ることだってあるのだけれど、現実の戦場だってそんな簡単にラスボス級の存在を出す訳がない。
 先ずは歩兵がちまちま体力を削って、或いは時間稼ぎをして、どうにかこうにかしていくのが、普通のやり方とも言えるだろう。

「便利屋も良いものだぞ、ちゃんとお金を貰えるだけ有難いと思え。それに大富豪ってもんは、大抵が金さえ払えば何でもやってくれると思いがちだからか、何でもかんでもこっちに任せてくる。門外漢だから出来ない、とこっちが言っても話を聞いてくれない時だってあるぐらいだ。……全く、困ったものだよ」

 その割には大して困っていなさそうですけれどね?

「まあ、何を言ったって事実は変わらないからな。……ごねたところで、何も変わりはしない。それだけは言っておくこととしようか。島の場所は南の島だ。何でも、そこは無人島でな……、貸し切りのビーチがあるぐらいだ。そこに誰を集めるかは知らないが、我々がゆっくり出来る時間を設けるってことは、もしかしたら家族水入らずの旅行でもするのかもしれないな」
「大富豪なら、色んな場所に行って楽しめば良さそうですけれどね。世界一周とか、結構やっていますよ」
「詳しくは知らないが、そういうのを遊び尽くしたんだろう。だからこそ、こちらにお呼びが掛かった――何故なら無人島だから、料理人も手配しなければならない、ということでね」
「そこはお付きの料理人を呼ぶという形じゃないんですね……」

 そんなにお金持ちなら居てもおかしくないしな。

「さあね? どういう理屈なのかは知らないけれど、いずれにせよ私達が行かないといけないのは事実。何故なら既に依頼を受けてしまっているからね!」

 え?
 ……いやいや、ちょっとは従業員の都合ぐらい聞いてくれても良いんじゃないですか。幾らメリューさんに決定権があるから、って……。

「はいはーい、メリューさん」
「サクラ、どうしたのかしら?」
「泳げますか?」

 えっ?

「そりゃあ聞いてみないと分からないが……。大富豪が所有している無人島だからな。それぐらい余裕だろう。ま、一応聞いてみても良いけれど」
「それなら、良いですよ」
「えっ?」

 とうとう声に出してしまったけれど。

「ケイタだってちょっとは夏がつまらないなあって思っていたんじゃなくて? ……だって、この二年間あまりにもつまらなかったと思わない? プールに行きたくても海に行きたくても、何というか閉塞感があってね……。そうして気付けば夏はまたやって来るのに、海水浴も出来やしない。別にこうやってバイトするのも悪くないんだけれどね、学生である以上夏休みは遊びたいでしょう?」
「最近出てこねえと思ったら良く喋るな、もしかして喋る力充電でも出来るのか?」
「……何を言っているのかさっぱり分からないけれど、ケイタも納得してくれているようだし、どうですか?」

 納得したっけ?
 少なくともしたような回答を言った覚えはないぞ。

「分かった。ケイタも納得しているのならば、誰も反対する人間は居ないからな。それなら、了承の返事を出しておくことにするよ。無論、海水浴が出来るように調整もしておく」
「やったー! ありがとうございます、メリューさん。海で泳ぐなんてどれぐらいぶりかなぁ……、マスクをしないで過ごせるのもかなり久しぶりかも!」

 俺達の世界では未だ感染症は蔓延していて、マスクを手放せない日々が続いている。とはいえ、国によって対応も違っていて、罹ったところで隔離もされなければマスクもしなくて良い――みたいなところもあるぐらいだから、ある種の異世界って感じがするよな。
 ボルケイノは一応異世界に該当する。なので俺達の世界の常識は通用しないし、感染対策なんてしなくても良い――が、メリューさん曰く、様々な異世界と繋がるボルケイノだからこそ感染対策をきちんとしておかなくてはならない、とのことだった。
 しかしマスクをしなくて良いし、やることと言えば精々使ったところを消毒するぐらいなので、そんなに大変ではない。一応毎朝体温と体調の確認はして、メリューさんには連絡を取っている。

「詳細が決まったらLINEで連絡するから、宜しく!」

 数ヶ月前はボルケイノでLINEという言葉を、異世界人から聞くことになるとは思いもしなかったな……。メリューさんは新しいモノが好きだ。それはまあ、数多の異世界と交流しているからこそなのかもしれないけれど、俺達が使うスマートフォンにも興味津々ではあった。
 どういう理屈なのかは分からないけれど、ボルケイノでもちゃんと電波は入っている。なので、電話とかメールが来ても問題ないし、休憩中にネットサーフィンに興じることも出来る。……ところで位置情報はどうなっているんだろうね? あんまり気にしたことはないけれど、今度やってみようかな。
 休憩中にネットサーフィンをしていたところ、メリューさんに見つかった――最初は怒られるかと思っていたんだけど、まさかの興味津々で、結局メリューさんのポケットマネーから安いスマートフォンを買うことにした。契約とか色々あったけれど、まあ、それはそれ。どうやったのかは分からないけれど、メリューさんの戸籍? はばっちりとあるらしい。それで誤魔化せるのもちょっと怖いけれど……、あまり現実的なことを考え過ぎてもいけないのだ。

「ケイタ、メリューさんから連絡来たって?」
「いや、サクラもグループLINEに入っているから知っているよな……?」
「私とケイタの知っている情報に、齟齬があったら不味いなって思って。一応ケイタって、あそこの中では先輩になるじゃない?」

 先輩だろうが後輩だろうがもたらされる情報は変わらないはずだ――多分。
 メリューさんはそんな贔屓とかは考えていないはずだし、仮にそんなことになっていたとしても、情報を伝えなかったら俺も共犯者になってしまう。それは出来ることなら避けたいものだしな。

「メリューさんも凄いよねえ。普通……と言って良いのか分からないけれど、スマートフォンを使ったことのない世界のはずなのに、こんなにすらすらとスマートフォンを使えているのは」

 確かに。
 メリューさんって、どうしてそういうところは上手なんだろうな……。或いは、料理人を長く続けている以上、新しい物を見つけるアンテナが高いのかもしれない。だが、そうであったとしてもそれを自由自在に扱えるかどうかはまた別の話のはずだが……。

「夏はプールにすら行けなかったからなぁ。楽しみだよね、海!」

 サクラが言いたい理由も分かる。
 感染症が毎月或いは毎シーズン猛威を振るっていて、未だに首都なんかは感染者五万人に到達しつつあるぐらいだ。ワクチンももう三回は接種していたが、早い物ではもう五回目の動きも出ているようで、一体何回ワクチンを打ちゃ良いのか分かった物ではない。もしかして、二桁もあったりしてな。
 ともあれ、そんなことがあるので観光地へ旅行は愚か、近所のプールにすら行くことも叶わないのが現実だ。非情ではあるが、罹らないためには致し方ない話だ。こんなんじゃ、海外旅行なんて夢のまた夢だろう。

「……しかし、メリューさんも顔が広いよねえ。どうしてああいうネットワークを構築することが出来たのやら」
「そりゃあやっぱり――ボルケイノがあったからじゃないのか? ……そう言われると、今までそういった話をした記憶がないな。メリューさんがどうしてメリューさんとしてあるのかは、遥か遠い昔に聞いた記憶はあるけれど」

 覚えていないってことは、大したことじゃないか、覚えていたら都合が悪いかの何れかだろうな。……ま、後者の可能性がありそうだけれど。

「でも、私達だけ何か……特別、って感じがして良いよね。当然、こんな経験誰にも話せるもんじゃないし」

 話したところで信用してもらえるかも分からないしな。

「そう、それそれ。やっぱりそう思っちゃうよね。……多分、私は信用してくれないと思うよ。ってか客観的に考えて信用してくれないでしょう? どんな異世界にでも往来出来るメイド喫茶に務めている? 幾ら何でもクレイジーな発言だし、そのまま頭の病気を疑われても何ら不思議じゃない」
「それは言い過ぎかもしれないが……、まあ、信用してくれないのは確かだよな。俺だって最初は見ている景色が意味分からなかったし。嫌いじゃないけれど、説明するのが面倒臭いんだよな……」
「確かに……」

 説明したところで理解してもらえないか正気を疑われるかの何れかだ。もしかしたら精神科に連れて行かれるかもしれないな。

「……まあ、冗談は程々にしておいて、さ。大事な話はそこじゃないと思うんだよね。水着を買わないといけないんだよねー……」
「遊ぶ気満々でいるけれど、一応仕事で行くってことは忘れない方が良いと思うけれど」
「大丈夫大丈夫。流石にそこは忘れていないって……。でも、どうすれば良いのかしらね。そういう話って、しているの?」
「している、とは?」
「だから、メリューさんと仕事の話についてのことを、よ。段取りとかどうしているの? メリューさんが全部やってくれるのは間違いないと思うけれど、だとしたら私達にも何か手伝えることはないか……って話」

 手伝えること、か。
 確かにあんまり考えたことがなかったかな……。考えなかった、というのは間違いだと思う。それだけは諸手を挙げて言うことが出来る。
 決して考えることをしなかったのではなく。
 考えることに意識をしなかった――ということだろう。

「でも、俺達が出来ることって何かあるのかよ? それこそ異世界の宿取りなんて、出来やしないと思うけれど。電話がある訳じゃないんだぜ? もしかしたら手紙かもしれないけれど、直接交渉もしなきゃなんないかもしれない」
「案外出来たりしないかな? だってほら、言語の壁が一番の問題だって、海外旅行でも言われることはあるけれど、少なくとも異世界ではそんなことなさそうじゃない?」
「それはボルケイノの制服が助けてくれているからだ――って、最初の研修の時に話さなかったっけ?」

 どんな異世界からでも客は来る。しかして言語は星の数程存在する訳で、その言語を一から十まで全て理解して使いこなせる訳がないし、そんなの人間業じゃない。
 だったらどうすれば良いのか――ってことになるのだけれど、答えは簡単。翻訳機を何処かに仕込んでしまえば良いということだ。
 ボルケイノがどういう仕組みで出来ているのかは、何処かで見聞きした記憶はあるけれど、正直忘れてしまった。それぐらいのエピソードがボルケイノでは起きているからだ――などと尤もらしい言い訳をしたところで、知識や記憶が戻ってくる訳もなく。
 ともかく、ボルケイノの制服に古今東西様々な世界の言語を翻訳するシステムを搭載したのは素晴らしいと思うし、それを考えた人は優秀過ぎて、寧ろ何故ここに関わったのか聞いてみたいぐらいだった――別に良いのだけれどね。今俺達が恩恵を受けているのは、そうした先人の知恵と技術があるからなのだ。

「ボルケイノの制服を着たまま、外に出るのは?」
「……お前、メイドの格好で街を出歩きたい訳?」

 しかも右も左も分からない、初めての異世界を?
 流石に肝が据わっている、の一言では片付けきれないぐらいのことだと思うけれどな。本人がそれで良いなら良いんだけれど、だからといってそれを手放しに喜べるもんでもない。

「……とにかく、何か手伝うというのは分かった。一先ず、店を開くまでは俺達の世界で、俺達に出来ることを粛々と進めよう」
「そうね。それが一番かも。……あ、ところでケイタ」

 無理矢理に話を纏めたのに、未だ何かあるのか?

「……陰性証明書は要らないわよね?」

 ああ、ファストトラックも要らないから安心しておけ。そんでもって隔離も要らないからな、報告の必要性もないし。



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