出張ドラゴンメイド喫茶、南の孤島支店・3 (メニュー:そうめんとチキンカレー)


 扉の向こうに広がっていたのは、駅だった。

「……あれ? いきなり目的地に到着じゃなくて?」

 サクラの質問に、メリューさんは溜息を吐いてから答える。

「さっきも言ったけれど、目的地には直接行くことが出来なくてね? 仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、集合場所で落ち合うこととしたのさ。だから、今回の目的地は無人島にほど近い港。けれども、そこの地図はインプットされていない――訳じゃないんだけれど、旅みたいに演出したいし」
「つまり、好みでここに居ると?」
「そういうことかな」

 そういうことかな、じゃなくて。
 もし迷子になったら二度と帰ってこられないような場所に、良く繋ぎましたよね。ボルケイノの制服があるとはいえ。
 駅はとても大きかった。屋根も高く、大きな時計台が建っている。そこには多くの人間が誰かを待っているらしく、そうでなくても多くの人間が往来していた。
 売店と思われるスペースでは、氷水の中にガラスで出来たポットを入れている。冷蔵庫に似たような形を取っているのだろうか。とはいえ、俺達の世界でもああいった方式は取っているけれど。

「これから何処へ?」
「鉄道は地下ホームから走っているらしいから、地下へ向かうぞ。ああ、それとこれを渡しておくからな」

 そう言ってメリューさんは俺達に紙片を手渡した。結構硬い素材で出来ているようで、折り曲げるのもそこそこ力がいる。

「これは……切符の代わりみたいなものだな。こないだ既に人数分は手配しておいた。既に凹凸が出来ている側と、何もない側があるだろう? ホームの入り口にこれを差し込む機械があるから、何もない側を突っ込むんだ。そうすると、凹凸が出来上がるから、それを大事に目的地まで取っておく。目的地に着いたら、機械に入場した時に凹凸を付けた面から順に二回差し込む。そうすることで切符の正当性が証明されて、回収されるって仕組みな訳だ」

 切符を改札機に通したら穴が開いたりする理屈と同じだろうか? でも俺達の世界の切符は裏側に磁気テープがあってそれで情報をやりとりしているとか聞いたことがあるけれどね。

「それじゃあ、これは絶対になくしちゃいけない訳ですね。……車内の検札もない、ってことですか?」
「ないこともない。けれど、機械に通さないと出場出来ないから、車掌がチェックするのはあくまでも凹凸が両側についているかどうか、ぐらいのことだね。そこまで技術が進んでいる訳ではないし」
「成る程ね……。まあ、そこまで気にすることでもないし。じゃあ、その地下ホームとやらに向かうとしよう」

 そうして俺達は広大な駅を探索しつつ、地下ホームへ伸びる階段を降りていくのだった。

 ◇◇◇

 思えば、異世界と交流を持つようになってから、このように現地の交通手段を使ったことがなかったような気がする。
 初めての経験というのは大事なことだし、それをしないとなるとやっぱり何処かしら自分が育たないような気がする。
 鉄道の車両は、先頭が機関車だった。聞いた話によると、この世界では蒸気機関に近い技術が発達しているらしく、それを用いたエネルギーによって、俺達の世界でいうところの産業革命が起きているらしい。まあ、だからこそこういった鉄道があるのだろうし、そこについては驚くこともそう多くないのだけれど。

「この鉄道に乗ると、一時間ぐらいで目的地のアーリオに到着する。そこは目の前に海が広がる港町でね、その駅前に馬車を待たせておくということだ」
「馬車なんですか? 機関車があるぐらいだから、もうちょっとそれなりに進化した技術があるかと……」
「仕方ないことではあるが、まだ小型化には至っていないのだろう。私も詳しく調べたつもりではないが、あの機関車に入るぐらいが精一杯なんじゃないか? そして、そうなるとやはりお金もかかる。無論、個人が持つには難しいぐらいに」
「成る程ね、そう言われたらそうかもしれないな。……でも、馬車か」
「馬車だってなかなか乗る機会ないんだから、良いじゃない。ケイタは贅沢なのよ、その辺り」

 サクラは言う。確かに、馬車に乗れる機会なんてそうそうないし、それもその通りなんだけれどね。
 ただまあ、ここまで異世界の文化に触れたこともないな。いつもは話を聞くぐらいか、行きつけのお客さんに届けるために近場まで扉を繋ぐぐらいか――しかなかった訳だし、こうやって鉄道を使ったりして長期に出張することがなかった。これもまた、旅の醍醐味なのかもしれないな。

「……サクラ、ところでさっきから何を?」

 サクラはスマートフォンを手に取って、ずっとスマートフォン越しに景色を眺めていた。

「だってこうやって旅を出来る機会なんてないんだし……。旅の思い出は写真に残しておかないとね?」
「いや、それってオッケーなのか? 何かこの世界の人がカルチャーショックを受けたりはしないか?」
「ケイタは心配性だな。そこについては問題ないだろう。確かに不思議には思うだろうが、カメラのシャッター音でもしない限りは、ただ何か薄い箱を見ているだけ――という話に終わってしまうしな」

 確かに、サクラは何枚か写真を撮っているようだけれど、シャッター音はしていない。
 そういえば、スマートフォンも住んでいるエリアによってシャッター音がしないとかいう設定になっているらしいけれど、異世界に来ているからその設定がオフになっているのか? 確か俺達が住む国では、何かアプリでも入れない限りは常にシャッター音が入るようになっていたはずだけれど。

「……うーん、まあ、シャッター音が聞こえないようにしてあるんだったら、良いか。俺も撮影するけれどさ、サクラ、後で良い写真あったら共有してくれよ。メリューさんにもLINEで送ってやってくれ」
「お、良いねえ。ついでに私のスマートフォンでも撮影したいし、やり方を教えてくれよ。いつもは料理の写真を撮影はしているんだけれどさ――」

 こうして、鉄道の車内では誰が良い車窓を撮影出来るか――といったコンテストめいたものを開催するに至るのだった。
 まあ、こういう旅も悪くない。
 というか、随分と久しぶりに経験したような気もするし。

 ◇◇◇

 アーリオの駅に到着すると、燕尾服を身に纏った白髪の男性がお出迎えしてくれた。髭を生やしているが、汚らしくない。どちらかというと貴族の執事みたいな格好だ。

「メリュー様と、そのお連れ様ですかな。大変お待ちしておりました」
「お、おう……」

 メリューさんですら、少しオドオドしてしまうぐらいに気品がある感じだった。俺達なんてもっと緊張してしまうのだから、ここはメリューさんがもっと堂々と居て欲しいところではあるけれど、そうもしていられないのだろう。
 駅前には確かに馬車が用意されていた――いや、しかしこの馬車、想像より大きいのだけれど? 十五人ぐらい来ると思っていない? 一応こっちのメンバーをきちんと数えておこうか……。メリューさん、ティアさん、俺、サクラ、シュテン、ウラ、そしてリーサ……、こう考えるとボルケイノのスタッフも増えてきたものだよな。それを上手く回しているメリューさんも流石といったところだし、回しているのはやはりお客さんが来ているからこそ――でもある。

「さあさあ、荷物も一緒に入れて頂いて構いませんからな。……というか、そのような小さい荷物で問題はありませんかな?」
「うん? ――あー、別に問題ないよ。この鞄に色んな物が入っているからね」
「……成る程? ご主人様からただの給仕ではない、と聞いておりましたが、魔法使いということですかな?」
「うん、まあ、そういった感じかな……。間違っちゃいないけれど」

 魔法使い、というか魔女が居る訳だし。

「魔女が居ることはこの際言わないでおいた方が良いんだろうな……」
「当たり前でしょうよ。魔女狩りが行われている世界があってもおかしくないのだし、それで仮にリーサが危険な目に遭ったらどうするつもり?」

 小声で言ったつもりなのに、隣に立っていたサクラにはしっかりと聞かれていたらしい。
 うーん、もっと心の声を表に出さない工夫をしないとなあ。

「取り敢えず、これに乗って何処へ?」
「ええと、これで港まで行くんだ。……港からは船だね。それでやっと無人島に到着する。長いなあ、ここまでが。いざ料理を作り始めたらあっと言う間に終わったりしてな」

 有り得そうで怖いな。

「でも、そんなことはないと思うけれどね? だって、無人島とはいえ、南の島でバカンス! ……なんてことは実際にはあんまり考えられないのでしょうけれど、それが出来るってことだけで嬉しいのだし。今は、なかなか遠出出来ないから猶更」

 サクラが随分ウキウキだなとは思っていたけれど、まさかお前遊びに行くつもりだったのか?
 今思うと色々と遊びに行く準備をしていた――などと言っていたような気がするけれど。
 馬車に乗り込んで、俺達全員が座ったタイミングで、馬車の扉は閉まる。
 そうして、ゆっくりと馬車は動き始めるのだった。

「ここからどれぐらい掛かるんですか?」
「そんなに掛からないよ。せいぜい景色を楽しんでいるうちにあっという間に港に着いちゃうから。それにほら……、潮の香りがするでしょう?」

 そう言われると……、確かに潮の香りがした。これは俺達の世界でも同じように、海が近いということで間違いないだろう。
 サクラはちゃっかり窓際を確保して、色々景色を眺めている。……いや、別に良いのだけれどさ。流石にスマートフォンで写真をパシャパシャ撮っているのは不味いのではないかな……。今までは俺達のようなスマートフォンを知っている人間――というのは殆ど居ないので、種族と言い直した方が良いか――しか居なかったけれど、今は違う。少なくともこの大富豪の執事については知らないはずだが……。

「メリュー様。それはすまーとふぉん、なるものでしょうか?」

 ……え?
 今、あの執事スマートフォンって言わなかったか? いや、多少イントネーションは違和感があったけれど、それでも間違いはなかったような気がする……本当にあのスマートフォン? スマートフォンなのか? 実はスマートフォンという名前の別の何かがあるのか? そうだと思いたい。思わせて欲しい。

「あ、この大富豪は新しい物好きでね。私がちょくちょく教えてあげているんだよね。流石にスマートフォンを渡してはいないけれどね……。詳しいシステムは忘れてしまったけれど、あれって確かケイタの世界に常に接続していないといけないんだろう?」

 仕組みは忘れてしまったけれど、それは間違いないかな……。スマートフォンはどんなことでも出来る箱だ。けれども、それは通信が送受信出来る場合に限られている。
 だからメリューさんと通信するときは常にこちらの世界と繋いでおかないといけないのだけれど――これが非常に厄介だ。
 当然と言えば当然なのだけれど、ここは異世界。こちらの世界の人間に見つかってしまってはいけないのだ。全員が全員、善人ばかりとは限らない。中には悪党も居て物珍しい種族を売り払おうなどと考える輩が出てきてもおかしくはない――まあ、俺の世界では人身売買は既に犯罪となっているのだし、そう大っぴらに出来ないだろうけれど、念には念を押している。

「そうでしたか。なら、良いです」
「そのすまーとふぉんを手に入れたのは、もしかしてあなた様の入れ知恵ですかな?」

 入れ知恵と言われる程、知恵を入れた覚えはないけれど。
 まあ、間違ってはいないので肯定しておく。

「しかし、素晴らしい話ではありますなあ。私もご主人様から話を聞いておりましたが……我々の世界とは比べものにならないぐらい技術が発展している様子だ。可能でしたら、アドバイザーとして国王陛下に謁見していただくことは可能か――などと言っていたぐらいですから」

 そうなると技術革新が起きちまうな。
 或いは技術革命かもしれないけれど――そうなってしまった後の未来は、流石に面倒見切れない。どんな世界になろうとも、責任は取れないね。



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