メリューさんの異世界珍道中・2(メニュー:チョコバナナ)
ともあれ、だ。
俺たちはいかにしてメリューさんたちを異世界から無事に連れ出して観光させることができるのか??それに焦点を置いて延々と話をし続けた。
「……どうすりゃあ良いのかね」
一応、リーサが魔法さえ使えれば良いのだと思う。
しかし魔法という概念にトンと縁がない以上、どういうメカニズムで魔法が発動されるのかさえも分からなかった。
「じゃあ、取り敢えず予行演習? とやらをするとしても??」
「まあ、人気のない場所が良いかなあ……。例えば深夜の公園だとか?」
「行けるのか、それ?」
とはいえ、だ。
先ずは俺たちの居る世界で、魔法が使えるかどうかをチャレンジしなければならない??そう思って、会議の幕を下すのであった。
◇◇◇
翌日、深夜。
近所の公園に、俺たちはやってきていた。
違う点と言えば、その世界には似つかわしくないドラゴンメイドと魔女が一人居るぐらいか。
「……これがケイタの住んでいる世界、か。何というか、凄い世界だね。建物は全て高いし、空は少し薄汚れているし、人は深夜であっても歩いているし、道は明るいし……」
確かに、メリューさんから見ればこの世界は異常かもしれない。
しかしながら、正直言うとこの世界から見ると、メリューさんたちの方が異常なのだ。
何せ魔法やドラゴンという概念は、ファンタジー。ゲームや小説といったフィクションの中でしか存在し得ないのだから。
「にしても、まさかこんなあっさりと来てくれるとは……」
「ボルケイノの技術を舐めてもらっちゃあ困るね。とはいえ、そのメカニズムはさっぱり分かっていないのだけれども」
「そうですか……。まあ、別に否定するつもりではないのですけれど。取り敢えず、やることは一つです」
「そうね。……リーサ、早速何か魔法を使ってくれないかしら?」
「魔法。……この世界は、少しだけマナの力が弱いみたい。けれども、使えることは使えるんじゃないかな」
「それでも全然構わないよ。何か使える魔法は?」
メリューさんの問いかけに、リーサは呟く。
「ううん、と。ちょっと待っていて……。例えば、これなんかは」
少しだけ、目を閉じる。
そして、こちらには全く聞こえないぐらい小さな声で何かをぶつぶつと言った。
そして??それを唱え終えると、リーサは右手を掲げる。
その上には、小さな火の玉が浮かんでいた。
「おおっ……」
正直、リーサの魔法を見るのは久しぶりな気がする。ファンタジー作品なのにそれはどうなんだ? ってツッコミもあるだろうけれど、別に良いだろう。十年も続けているけれど、そういう曖昧な感じで進めていくのが一番良いのだ。
俺が少しそんな感じで感心しているとサクラが、
「い、急いで火を消して。この世界は火に敏感なのだから。放火なんて思われてしまうと、大変なことになってしまうから」
「そうなの? この世界は面倒ね」
「良いから早く!」
リーサは首を傾げながらも、すぐに火を消す。
いずれにしても、リーサが魔法を使えることは間違いなかった。
「これでもだいぶ安心ではあるかな……」
何せ、俺たちが住む国では一般人の銃の利用が許されていない。
つまりは、メリューさんに何かあったとしても守る術がないのだ。ここが異世界ならともかく、ファンタジーをフィクションの中の一つとしてしか捉えられていないような世界だ。メリューさんの存在をなんとかして解明しようと思う人間は出てくるだろうし、その時俺たちがそれに立ち向かえるか? というと、答えはノーと言っていい。
残念な話ではあるが、これが現実なのだ。
「とにかく、これからはこちらも文化祭の準備に注力しないといけないからね……。ケイタも分かっているよね? これからクラスの出し物の準備だってしなくちゃいけないでしょう?」
「まあ、こっちは簡単だよ。……というか暇な出し物でもあるからね」
「ほう? どんなものをやるのか気になるな。??とはいえ、今は聞かない方がいいかな。大事にしておくよ、当日までね」
「あんまり悪目立ちしないでくれますよね……?」
こうして、いくつかの不安要素は残しつつも、メリューさんを守るための予行演習は幕を下ろすのであった、
◇◇◇
ボルケイノ。
今日はケイタの居る学校? とやらに行く日だ。……おっと、いきなり語り手が変わるのは困るだろう。私はメリューだ。このボルケイノの調理全般を任されている。そして今日はケイタの居る異世界へと足を踏み入れる日でもある。
文化祭、とやらはどうやら学校で行われる行事の一つであるらしい。かつてケイタからもらったスマートフォンで色々と調べ上げた。学校のクラスごとで様々なお店を出して、学校の外からもお客さんを呼んで盛り上げる一大イベントだという。なんとも楽しそうな説明ではないか。
「リーサ、準備はできたか?」
目の前に居るリーサはうんうんと頷いた。
彼女もまた、今から向かう異世界に興味進々の様子だ。
「一応言っておくけれど」
でも、釘を刺しておかなくてはいけないな。
「?」
「……向こうの異世界の人たちには、あまり気づかれてはいけないし、物を持ち帰ってもいけない。それはいいかな?」
「ケイタはちょくちょくこっちに物を持ってきているのに?」
「ケイタはいいんだよ。あいつはあの世界の住民だろう? 住んでいる世界の住民が、その世界のものをボルケイノに持ち込むのは構わない。でも、私たちが持ち帰るのはダメなんだ。なぜだかは知らない。そういうルールってものだ」
「ふうん。分かったわ」
物分かりが良いようで助かるよ。
「それじゃあ、向かおうか」
そして、私はボルケイノの扉を開けた??。
◇◇◇
ローブを被るのは、流石に怪しまれる。
それはケイタから散々言われたことだった。昔はたいしたことなかったらしいのだけれど、どうやら若干世界が物騒になってしまったようで、顔を隠してしまうのは宜しくないらしい。
ではどうすれば良いか??色々と考えた結果、導き出したのがこれだ。
「それにしても……、魔法というのは恐ろしいわね。こんなに気付かれないものなの?」
意識操作魔法。
簡単に言えば、目の前に対象が居るとは誰も思わないような、そんな魔法らしい。
相手の意識を上手くずらす、とか言っていたかな? 正直、その辺りはさっぱり理解出来ないのだけれど、まあ、上手く使ってくれるんならそれはそれで構わない。
しかし、一つ疑問が。
「これ、ケイタとかは如何なんだ?」
「問題ない。一応、私達を見たことのある??知っている人間だけは視認出来る。けれど、それを誰かに伝えてしまうと駄目。あっという間に認識されてしまうから。だから、それはケイタに連絡しておいてね」
「ああ、分かった」
つまり、人とはすれ違うのだけれど、その人達からすればただの人間としか思わずに??こちらには全く意識を向けてこないらしい。
難しい話ではあるけれど、こそこそせずにこの世界を歩き回れるのは良いことだ。
「……え、それじゃさっき私が言った注意事項は?」
そう。
向こうの世界の人間にはあまり気付かれてはならない??そう私が言ったばっかりではないか。
しかし、リーサは答える。
「残念ながら、魔法は完璧ではないの。どういった事象かは置いておくとして??魔法の効果が薄れてしまうことだって有り得る。完璧な魔法を作り出すには、この世界はマナが希薄過ぎるから」
そういや、前にそんなことも言っていたっけな。
しかし、スマートフォンがあるから便利ではある。ケイタ曰く、あの『扉』から学校まではそう遠くないと言っていた。歩いて行ける距離だし、もし難しければ呼んでくれて構わないとは言っていたけれど、多分ケイタが一緒に居ると私達の本当の姿を視認出来てしまうのかも? だとしたら、それはそれで大問題だ。ケイタを守れないし、私達だってどんな目に遭うか分かった物ではない??。
「ボルケイノの『扉』も万能ではないわね……。何というか、もう少し近場に設置してくれれば良いのだけれど。その辺り、何とかならないのかしら」
「それが出来れば苦労しないと思いますけれどね」
言ったのはリーサである。
それはご尤も。そもそも『扉』のメカニズムも良く分かっていないしね。どういう状況で、扉が世界とボルケイノを結ぶのかさえも分かっていない以上、あの場所に現出しているのもまた奇跡に近しいのかもしれない。
「とはいえ、ケイタが言っていたが……電車? と言うものに乗って移動するらしい。出来るのかな、そんなこと」
「意識操作魔法を使っていますから、それくらいなら造作でもありません。人に気づかれなければ良いのでしょう?」
「そりゃあそうだが……」
とはいえ、こちらはこの世界のシステムを全く理解出来ていないと言う圧倒的なハンディキャップがある。
一応ケイタから支給されたスマートフォンなるもので一通り調べてはみたものの……、やっぱり最後まで理解出来ずにいた。
「とにかく、他の人に気づかれなければ良いのですよ。あとは何とかしてくれます。そうでしょう? 意識さえこちらに向けられなければ、どんなことだって出来ますから」
「そう言うものかね……。まあ、この世界に魔法という概念が存在しなかったのが救い、か」
ケイタ曰く、科学技術という概念が発展していった過程で魔法は消滅してしまったと言っていた。魔女も異端者扱いされて殺されてしまったのだという。
そうなると、もし仮に我々が見つかってしまった場合どうなってしまうのか??あまり想像したくはないものだ。
「とにかく、先に進みましょう。私だって色々と体験したいですから、この世界を」
「……だから昨日はあんなに楽しそうに話をしていたのか? リーサにしては珍しいと思っていたが」
そもそもボルケイノに来る前は放浪の旅をしていなかったっけ?
連載期間にしてもう五年以上も前のことだから、忘れている読者も多い気がするけれど。
「旅はいつだって良いものですよ。いろんな知識や経験を与えてくれますから……。やっぱり定住するのも良いんですけれど、旅をして新たな気づきを得られるのも悪くないですし」
「まあ、否定はしないけれどねえ……」
私だって旅をしてみたいことはあるよ。ボルケイノを一日ぐらいお休みにしたって良いんじゃないかな、って。
だけれど、何というかな、休みにしちゃうと身体が鈍るというか……何故か落ち着かないんだよな。ケイタにそれを話したら、ケイタの世界では病気みたいに言われることがあるらしい。ワーカホリックとか言っていたかな? 働きすぎに病気の概念を持ち込むとは面白いよな。
閑話休題。
とにかく今は急いでケイタの居る場所へと向かわねばなるまい。
そう思いながら、私たちはケイタから連絡を受けた待ち合わせ場所へ向かうべく、巨大な建物が連なる区々を歩いていくのであった。
◇◇◇
文化祭である。
学校が力を入れるイベントは数あれど、その中でも最大級のイベント――そう言っても差し支えはないぐらいの規模だ。
クラスと部活動でそれぞれ一つずつ出し物をすることになっているので、例えばどちらも頑張っている人からしてみれば二つの出展場所を往復するという、非常に疲れることをするのだろうけれど――しかしながら、俺はボルケイノでのバイトに勤しんでいるため、部活動には参加していない。
サクラは何をしているかって? あいつは実行委員に就任しているから、非常に忙しい一日を送っているだろうさ。きっと自分のクラスの出し物なんかを見る余裕なんて全くないだろう。
さて――俺はというと、ボルケイノでも着ているウエイター姿で椅子に腰掛けていた。
俺のクラスは、女性陣のリクエストにより喫茶店となっている。まさか学校でもウエイター姿になろうとはね? いざ着てみると自分が想像以上に着こなしていることに気付いて、少し笑ってしまった。そんな長い時間着ているはずはないのだけれどね。十年ぐらい着こなしていたのかな? 知らないけれど。
「……暇だなぁ、全く」
同じくウエイター姿のクラスメート、ユウトが俺に声を掛けた。
悪友とまでは言わないけれど、数少ない色々と話せる友人でもある。とはいえ、流石にボルケイノのことは話していない。面倒だしな。
「そりゃあまあ……立地が悪いよな。校舎の奥の奥だし。それに外でも同じような出し物はしている訳だ。そりゃあ普通に考えて手の届くところで休憩したいと思うよ。今日が灼熱の地獄かってぐらい暑いんならともかく、平年通りの過ごしやすい陽気ってのも関係しているだろうし」
「冷静に分析してもらって、どーも。……とはいえ、あまりにも暇すぎる。せっかく買ってきたドリンク、殆ど無駄にならねえか?」
「食べ物や飲み物は残ったら考えればで良いんじゃないかな? 最悪は皆に配れば良いだけの話だし。例えば値段を下げて捌くことだけを考えても良いのだからね。在庫をずっと持っているよりは幾分マシだよ」
「……何て言うか、お前そんなセンス持っていたっけ? やっぱりバイト先が原因だったり?」
ユウトの言葉に俺はせせら笑いする。
流石にバイト先が異世界で、この世界の常識では測りきれない様々なことが起きているから――なんてことは言えやしない。場数を踏んだだけ、という曖昧な解答ぐらいにしか言葉を濁せない。
「いや、どうだかね。……あんまり気にしたことはないんだけれどさ。とにもかくにも、少しはスキルぐらい身につくんじゃないかな?」
「……まあ、バイトが悪いとは思わないし寧ろ良いことだと思うがな?」
「じゃあ、何でさっき突っかかったんだよ……」
ユウトと話していると飽きないことが多い。
しかし、それは大半が突拍子もないことを話してくるから、こちらが頭をフル回転させねばならないことが時折やってくるから??でもある。話していると脳が疲れているのか糖分を欲したくなる。
「そういえば他の出し物でも見に行ったか?」
「いや、全く。そっちは?」
「ところが俺もなんだよな。暇ではあるけれど、誰も居ない状態は裂けないといけない訳だし。……部活動に入っていない俺たちみたいな人間が店番になっちまうのは、最早致し方ないところがあるんだろうな」
「確かに……」
ボルケイノの仕事が幾ら時間に余裕があるとはいえ、全く時間を置かない状態で帰還してしまうと、それはそれで面倒なことになってしまう。給料が発生しているのに、あたかも働いていないように見えてしまうからだ。
だから、俺は一応それなりの時間異世界に居たようにしてもらっている。そんな設定が出来るのもちょっと面白いポイントではあるけれど、もしそれが実現していなかったらボルケイノには勤めていなかっただろうし、有難いことだと言って良いだろう。
「ま、ケイタがあんまり気にしていないなら良いけれどさ。仮にここに客が来たら、料理作れるのかよ?」
「作るものもないだろ。コーヒーと市販のクッキーに生クリームをおまけ程度に乗せたデザートの提供だぞ? どんな人間だって出来るように簡単にしたのだろうけれどさ、これをいざこんな僻地まで食べに来る人間なんて居るのだろうかね」
「居るか居ないかで言えば、居ないだろうな……。現実、そうなっている訳だし」
「釣れねえの。確かにそりゃあ事実だけれどさ」
そういえば??メリューさんはいつやってくるのやら?
一度俺が通う学校を見てみたい??ついでなら文化祭とやらも見学してみたい、などと言っていた訳だし、今日来ているのは間違いないと思うんだよな。行かないという連絡も来ていないし。
「来ないなら来ないで、別に良いか……」
「何? 誰か来る予定でもあんの?」
「いや、別に」
ユウトなら別に変なことはしないだろう??けれど、ボルケイノのことを知っている人間は極力少なくした方が良い。
だから俺は口を噤み、これ以上は特に何も言わないこととした。
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