メリューさんの異世界珍道中・3(メニュー:チョコバナナ)


 はてさて。
 色々と苦労はしたけれど、何とかケイタの居る学校まで辿り着いたぞ!
 ……しかし、異世界での道中がここまで大変だとは。もう少し運動はするべきかな。思えば、ボルケイノに居るばかりであまり買い物という買い物もしていないし。しなくて良い、とでも言えば良いかな? 詳しい話はあんまり分からないんだ。ずうっと暮らしては居るけれど、分からないことだってある。

「リーサ、意識操作魔法は順調?」
「……そうじゃなければ、私たちはここまで辿り着くことも出来ない」

 ゼエゼエ、と息を切らしながら答えるリーサ。
 ……もしかして、私以上にスタミナがなかったとかそういうオチ?

「何処かで休む? いずれにしても、これからケイタと電話をしないといけないし」
「……ああ、そのハイカラなもので通信をするんでしたか。便利なものですね、この世界の技術というのは……。それをあなたが使いこなしているのも、ちょっと面白い話ではありますが」

 へっへーん。
 自慢はしたくなるけれど、これでも随分と努力をしてきたんだよ。血の滲むような、ね。
 外に出なくても知識を得られるのは有難いことだし、これで私も結構レシピのストックも出来ている気がする。ネックなのは充電? というやつで、電気というものを与えなくてはいけないらしいのだけれど、これがボルケイノの世界には存在しないために、ケイタにたまに持ち帰ってもらっては充電をしてもらっているのだ。
 面倒だろう? この世界も。
 とはいえ、こちらの世界も魔法があまり使えない??っていうデメリットはあることはあるのだけれど。
 休憩場所を探していると、誰も座っていないベンチを見つけた。

「オッケー、オッケー。あそこに座りましょ! ところでこれって我々が座るとどうなるのかしら?」
「ベンチそのものも視界から消失する。例え、そこにベンチがあると理解していたとしても、私たちに干渉することはない。私たちの存在を、元から知らない限りは」
「へえ、便利な魔法ですこと……」

 ベンチに腰掛けた私は、すぐさまスマートフォンを使ってケイタに電話をかけた。

「もしもし? ケイタ、今ようやく私たち学校まで着いたのだけれど。あまりに広くて場所がわからなくって。案内してもらえる?」
『メリューさん、やっと着いたのか。……ううん、そうしたいのは山々なんだけれど……」
「だけれど?」
『ちょっと、俺が今クラスにひとりぼっちって訳じゃないからさ……。何とか一人で来れないかな。北校舎の三階まで上がってきてくれれば、そこまでだったら迎えに行けるから、さ!』
「え、何無茶を……」
『じゃあ、ごめんね!』

 そう言って、ケイタは半ば強引に電話を切ってしまった。

「…………あのやろう」
「その感じだと、通信はうまくいかなかった様子ね?」
「ケイタ、なんか取り込んでいるんだと。途中までは来てくれるそうだけれど……。取り敢えず、言われた通りの場所に向かうしかなさそうだね」
「そこまでどれぐらい?」
「うーん、何とも」

 スマートフォンがポロン、と電子音を発したのはちょうどその時だった。
 これは確かメッセージを受信した時だったはず。そして、そのメッセージが来るのは大抵ケイタだけだ。
 ケイタからは、謝罪しているような絵文字と学校の地図が添えられていた。

「……いやいや、これで行け、と? こちとらこっちの世界には一度も来たことがないっていうのに……」

 とはいえ。
 ここでああだこうだ言ったって、何も解決しやしない。

「……いっちょ、行きますか」
「行くの?」
「取り敢えず、ケイタのクラスに着いてから本格的に休憩をとりましょ! 先ずはそこから、よ!」

 そう自らを奮い立たせて??私は、ケイタの居るクラスへと向かうのであった。


 ◇◇◇


 電話をしてからどれぐらい経過しただろうか。
 俺は、北校舎三階にある唯一の階段の前で待っていた。

「……やっぱり迎えに行ったほうが良かったかなあ? けれど、どういうスタイルで来ているかも分からないし、メリューさんが周囲に気づかれたら大変なことになるのは間違いない訳だし……」

 そう思いながらああだこうだと時間を潰していった結果、メリューさんには一人で来てもらうこととしたのだ。
 何も知らない場所で、何も知らない道を通る??とても不安であることは変わりないだろう。
 しかしながら、同時にそれは彼女たちを守ることに繋がる。
 それぐらいは、メリューさんも分かってほしいものだけれど。

「ケイタ!」

 声がした。
 階下を見ると??そこにはローブを羽織ったメイド服を着た、メリューさんとリーサが立っていた。

「いやあ……。まさか本当にやって来れるとは。思いもしなかったよ」
「心配しているぐらいなら、最初から迎えに来い」

 俺はメリューさんと会話を交わしていた??ちょうどその時だった。

「何やっているんだよ、ケイタ。幾ら暇だからって、店番を俺一人に押し付けるんじゃねえよー!」

 その声を聞いて、俺は凍りついた。
 声のした方を振り返ると??そこに立っていたのは、ユウトだった。

「ユウ……ト?」

 俺は冷や汗が止まらなかった。
 いや、時間は誰しも平等なスピードで流れているはずなのに、今この瞬間??時間があまりにもゆっくりに感じられた。一体全体どういうことだ? あんまり気にしたくないというのに、恐らくは思考を巡り巡らせているからに違いない。この瞬間にもきっと慌てないでも良いように、何かしら良いアイディアを生み出さなければならないというのに。メリューさんたちが見つからないようにする、とっておきのアイディアを??。

「誰? それ、コスプレか?」
「こす……?」

 ユウトがコスプレという単語を出した??これはチャンスだ!
 俺はメリューさんの言葉を遮るように、話を開始した。

「そう! そう、コスプレだよ! コスプレ! どこのクラスか覚えていないけれど、コスプレ喫茶ってやっていただろ? その面々が来たんだよ」
「コスプレ喫茶って……そういやあったようななかったような」
「あったよ! ほら、確か……二年生だっけか? やっていただろ。ファンタジー世界の喫茶店を基調にした、変わった喫茶店がさ!」
「そういえばあったな。……ってか、よくそこの人間目の前にそんなこと言えるよなー、ケイタ、お前って結構胆力あったり?」
(なあ、ケイタ。これってどういう……?)

 メリューさんが空気を読んでか小声で俺に問いかける。
 小声で話してくれることが非常に有難い。流石と言えば流石だ。

(メリューさん、取り敢えず今は口裏合わせてください。これ以上、なんか面倒なことになるとそれはそれで大変なことになるので!)
「まあ、いいや。取り敢えず……休憩でもしようぜ? もし席を外した方が良いってんなら、外すけれど」
「いや、そこまではしなくても……」

 ともあれ、だ。
 メリューさんとリーサのことはこれ以上この世界の人間には知られたくないし、知られない方が良い??そう思っていたのだが。

「……ちょっと甘いものが食べたい」
「……まじか」

 リーサはここでも気分屋だった。
 俺はその意見を封じ込めることは出来ず、一先ず俺のクラスへと招待するのだった。


 ◇◇◇


「……どんなメニューがあったっけ?」

 クラスに残されているメニューは、そう多くない。
 そもそも大量に用意する必要もなかったから??というのはどうかと思うけれど、実際問題、出し物にそんな力を入れるクラスではなかった訳だし、こればっかりは致し方ない面もある。そもそも、このクラスには部活動に入っていない人間は俺とユウトぐらいしか居ないのだし。多分。

「チョコバナナ?」
「そ。皮を剥いたバナナにチョコを塗りたくった食べ物だけれど、これにちょっとばかしアレンジを入れているって訳」

 ユウトも誰も居ない、ひとりぼっちのカウンター。
 まるでボルケイノじゃないか。
 何点か違う点があるとすれば??俺が料理を提供することと、その客人がメリューさんとリーサの二人だということだろうけれど。
 さて、そんな戯言を言っていないで、調理に取り掛かろうか。
 俺はカウンター裏手にある小さい冷蔵庫からタッパーを一つ取り出す。そこに入っているのは予めカットされているバナナだ。そのバナナを紙コップにいくつか入れる。入れた後は同じく冷蔵庫に入っているチョコレートの液体をかけてチョコバナナめいた何かの完成だ……と言いたいところだけれど、これでは味気ないという女子勢の発言により、スプレータイプのチョコの粒を振りかけることにしている。しかし、そんな細かい気配りもお客さんが来なければ何の意味もないのだけれど。

「……お待ち遠さま」

 俺は二つの紙コップを二人の前に差し出した。

「……これがチョコバナナ、というやつ? スマートフォンで見たものとはだいぶ違うような」
「だから言ったじゃないですか。これがアレンジですよ」

 ってかメリューさん、スマートフォンで料理の情報収集なんてしているのか?
 つい先日スマートフォンを渡したばかりのような気がするけれど、上達するスピードがあまりにも速すぎやしないか。ちょっと末恐ろしいよ。

「それにしてもこの国って料理の種類が豊富すぎやしないかね? よっぽど国民の舌が肥えているんだろうな、って思っているよ。これは嫌味ではなく、尊敬の意味だ」

 本当かな?
 結構メリューさんはずけずけと人の心を考えないような発言をしてくることが、ごく稀にあるしな……。それこそきちんと治したほうが良いような気がするけれど、ボルケイノって結構守られている特殊な環境に置かれているし。それは寧ろ悪いことでもなんでもない。育ってきた環境が違うから、好き嫌いは否めない??昔の歌手が歌っていなかったっけ、そんなフレーズの歌を。

「どれだけ暇なのか、覗いてみようと思ったら……。これは一体全体どういうことなの?」

 教室をひょっこりと覗いていたサクラが、気付けばそこには居た。

「ヤッホ、サクラ。随分と久しぶりじゃない?」
「……何か怒っていますよね?」
「別に。ただ、ちょっと最近シフト入ってくれなくて寂しいなあ、と思っていただけよ。そんなあなたが尽力する文化祭とやら、ちょっとばかし気になっちゃうじゃない?」
「行くのは前々から相談していただろ?」

 忙しすぎて忘れちまうのも致し方ないぐらい、サクラはこの文化祭に尽力しているけれどさ。

「いや、覚えていたけれど……。まさか本当に来るなんて思わないじゃない」
「え? じゃあ、今までのあれやこれやは全てシミュレーションの話で、現実ではないと思っていた訳?」
「そりゃあそうでしょ。……ただまあ、来てくれたのなら全力でおもてなししてあげないとね。それがこの国の作法だから」
「へえ? それじゃあ、是非とも受けてみようじゃないか。……ケイタとサクラ、二人のおもてなしとやらを」

 何でそっちが強気でいられるのかは不明だが??ま、これもこれでありかな。
 大事にさえならなければ良いのだから。
 そう思いながら、俺はサクラの分もチョコバナナを作ってやろうと思いつつ、冷蔵庫の扉を開けるのだった。


 ◇◇◇


 エピローグ。
 という名の、ただの後日談??こんな言い回しをしたのも、何だか懐かしい気分だな?
 あれからメリューさんとリーサはチョコバナナを思う存分堪能した。リーサに至ってはおかわりを要求してきたぐらいだ。まあ、元々余る在庫だったし少しぐらいちょろまかしても問題はないだろう。捨ててしまう食材ならば、少しぐらい食べてもらった方が食材のためにもなる??という若干自分のために捻じ曲げたような理論を頭の中で構築させながら、二杯目を作っていた。
 まあ、その結果一杯分のズレをどうするか試行錯誤したのだが??それはまた、別の話。
 ユウトについて。
 ユウトはあんまりこないだのことを覚えていなかったようだ。リーサ曰く、記憶阻害魔法の概念も取り込んでいるらしく、直接触れることさえしなければ思い出に残ることはないんだとか。何だその便利ツールは。
 という訳で、ボルケイノにもいつも通りの日常が戻ってきた訳だけれど……。

「……それにしても、疲れたわね」

 メリューさんが珍しくカウンターでそう言っていた。確かに疲れの色が見える。

「まあ、異世界ですからね……? そう簡単に疲れが癒せるものでも。俺たちの世界でも他の国は言語が通じなかったりするんで、そうしたら普段の何倍も疲れが溜まったりしますから」
「そういうものなのかねえ……。まあ、いいや。取り敢えず、数日ぐらいで治してやろう。年齢が出てしまうのは良くないし、な!」



 ……そもそもメリューさんって年齢いくつなんだ? という基本的な疑問が浮かんできたけれど、それは今そこでは質問しないことにするのだった。




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