栄養満点の食べ方(メニュー:鮎の甘露煮)


 ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』。
 どんな異世界とも交流することの出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は、今日はちょっとばかり様子が変わっていた。
 丸テーブルに乗っているあるものを取り囲むように、メリューさん、ティア、サクラ、シュテン、ウラ、リーサ、そして俺が立っている。
 俺たちが見ているものは、クーラーボックスに入っている魚だ。

「……魚」
「魚、だね」
「魚。美味しそう。食べていい?」
「食べられるの? これ」
「いやいや、流石に調理ぐらいしないと……。生魚は鮮度が良くないと食べられないって言いますし」
「で、何故これが?」

 各々の反応を並べたところで、俺が口を開く。

「実は……」

 昔話をする程でもないかもしれないが??これは俺がもらってきた代物だ。クーラーボックスに入っている時点で大方予想はつくだろうけれど、今目の前にある代物は俺の世界に住んでいる川魚??鮎だ。

「ケイタって、魚釣りとかしたっけ?」
「叔父さんが魚釣りに行くんだよ。そんでもって、釣った魚を自分で調理してバーベキューもやっているぐらい。……サクラも知っているだろ、それぐらい」

 わざとらしい質問やリアクションをされても困るのが正直な所ではあるのだが、しかしながらサクラも百パーセント俺の家庭事情を理解している訳ではないし、それぐらいどうだって良い。些事だ。

「そうだったっけ? でもまあ、こんな立派な鮎を釣れるとは思わなかったけれど。叔父さんが釣ったの?」
「叔父さんが殆どね。俺も二匹三匹は釣ったよ」
「二匹も? 凄いじゃん!」

 どうして低い方で換算するんだろうか?

「とにかく……。正直どうすれば良いのやら、さっぱり分からない。この魚をどうすれば?」

 メリューさんの問いに、俺は二回頷くと、

「焼いてもよし煮てもよしですよ、鮎というのは……。栄養満点ですからね」
「それじゃあ、ケイタのオススメの食べ方で構わないぞ?」
「えっ?」

 いきなりそんなことを言われてしまい、俺は目を丸くする。

「いやいや……だから、ケイタがどんな食べ方をしているのかって話。それだけ教えてくれれば構わないよ。美味しく調理するのは料理人の仕事だからねえ」

 メリューさんは??恐らく見たことのないであろう食材に、目を輝かせている様子だった。
 確かにまあ、変わった食材に興味を抱くのは理解するが……。

「何か良い料理があったかな……。鮎なんてそれこそ焼くか甘露煮にするか??」
「??甘露煮?」
「えっ?」

 甘露煮というワードが気になった感じか?

「甘露煮って何だ? ちょっとばかし気になるネーミングだが……」
「甘露煮というのは、醤油や砂糖で甘く煮詰めた料理のことですね。甘いったって、そんな砂糖を利かしている訳でもないし、どちらかというとおかずのアクセントに甘くしているぐらいで、甘塩っぱいとでも言えば良いんですかね」
「ふうん……」

 メリューさんは随分と気になっている様子だ。作りますか? 甘露煮。

「甘露煮が気になるな……。ケイタ、レシピを教えてくれないか?」
「レシピ??ですか?」

 そんなこと言ったって、こっちは甘露煮を作ったことないのだし。
 そんな悩める俺を助けてくれるのか、手を挙げたのはサクラだった。

「サクラ、どうした?」
「ケイタに聞いたところで、レシピなんて出てきやしませんよ。……だってコイツ、基本的には食べる専門ですから」
「ちょ、それを言うなし!」

 まあ、今ここで否定したところで何の意味もないか。なにせ、どれぐらいここで働いているというのだろうか? すっかり??或いはさっぱり忘れ去られてしまうことも在るだろうけれど、まるで十年ぐらいここに居るような、そんな錯覚に陥ってしまうよ。

「……まあ、いいや。誰が教えてくれても良いのだけれど。サクラがレシピを知っているの? だったら、教えてもらおうかしら。どんな料理なのか気になるわね、甘露煮とやら」

 そう言って、メリューさんはサクラを連れて奥のキッチンへと姿を消すのだった。


 ◇◇◇


 キッチンから良い香りが漂ってくると、もう直ぐ料理が出てくる合図だ??それは幾度となくボルケイノにて配膳をしているからこそ分かる、独特のプロセスと言っても良い。

「そろそろ出来上がりますかね……」

 そういえばサクラも一緒に行ったっきりだったな??あいつもあいつで何をしているのやら? まあ、恐らくはメリューさんと一緒に料理しているのだろうけれど。メリューさんもメリューさんでレシピの数が膨大なものとなってはいっても、今回のような全く知らないレシピがない訳でもないし、一つでも新しいレシピが生まれることは、メリューさんにとっても喜ばしいことであるのだろうしな。
 そんなことを思っていたら、先ずはサクラが先に出てきた。

「……お待たせ。随分と時間がかかったような気がするけれど、気のせい? いいや、絶対に煮物に味が染みるぐらいだからそれなりの時間が経過しているはず……」

 サクラがそんなことを言っていたが、そういやメリューさんの調理時間はいつもあっという間なんだよな。毎回思うもんな、キッチンとそれ以外で流れている時間が違うのか? って。

「そ、そんなことより料理はどうだった? この香りから察するに……出来たんだろ?」

 出来てくれないと、それはそれで困るぜ。

「そりゃあ勿論!」

 サクラはガッツポーズをして、屈託のない笑顔でそう言った。
 良かった。そうでなければ意味がない。そうでなければ、こちらがレシピを教えた意味もなければ、わざわざこれをボルケイノに持って行った意味さえもないのだし。
 少し遅れて、メリューさんもキッチンから出てくる。
 手には??大方の予想通り、大皿を持っている。その皿の上には、何匹かの魚の煮付けが乗っている。

「さあ、お待ち遠様。そして、レシピを教えてくれて有難う、二人とも。初めて作った料理だから、ちょっとどう転がるか分からないけれど……まあ、食べてみてちょうだい!」

 カウンターに置かれたお皿を見て、皆??正確には俺とサクラ以外??は、笑みを浮かべていた。
 別に俺は不満だった訳じゃない。寧ろ口伝の一発でここまで作れるのか、とちょっと感動さえ覚えているぐらいだ。さりとて、一回でそれを完璧に成し遂げられるとは、いくらメリューさんでも考えづらい。まあ、いや、たくさんの料理を何も見ずにあっという間に作ってしまうぐらいで、それは才能なのだけれど。それを才能ではないとは言うつもりはないし、言ってしまったなら全世界にいる調理師は何も言えなくなってしまうだろう。

「取り皿は??」
「ああ、はい。用意してあるよ」

 持っていたのはサクラだった。お前、いつの間に? と言いたいところだが、ここは素直に受け入れるべきだろう。勿論、感謝を込めて、だ。
 取り皿と箸を受け取って、大皿から一つ煮魚を取り出す。

「それじゃ、いただきます」
「ああ、どうぞ」

 メリューさんからのお許しも頂いたので、食べることにしよう。
 口にそれを運び、半身を歯で切った。
 内臓は少しだけ処理しているのか、それでも未だほろ苦さが残っている。しかし、この料理はそれもまたアクセントだと思う。そう言うことが分かるのは、正直大人になったり、或いは大人に近づこうとしている時なのだろうけれど、少なくとももっと小さい頃はこの苦味を嫌って、なかなか食べようとは思わなかったもんな。

「酒とか飲まないし、飲める年齢でもないけれど……こういう苦味が酒に合うって聞いたことあるし、そんなものなのかな」
「確かに酒には合うと思うよ。これもまた、おいしいね。今度酒を飲みにやってくる常連に、これを出してみようかな。きっと喜ばれると思うよ。酒には味が濃い料理が合うからね」

 メリューさんも気付けば一匹を食べていた。完成度や満足度は上々の様子だ。それはそれで良かった。これで微妙だったら、せっかくおすすめしたのに損をした気分だからね。
 なんか今回は平和な話だったなあ。お客さんも来なければ、何か試行錯誤した訳でもなく??俺は具材を提供して、サクラはレシピを提供しただけ。これだけでこんなに美味しい料理が食べられるのだから、贅沢と言って良いだろう。
 ま、とうの本人はそこまで気にしていないようだけれどね。
 そんなことを思いながら、ふと入り口の方に目をやると??まるで待ち構えていたかのように、扉が開き、カランコロンと扉に取り付けられた鈴が鳴った。
 これは即ち、お客さんが来た合図だ。
 その音を聞いて、皆接客モードへとチェンジする。
 俺は、即座に笑顔に表情を変えて、こう言うのだ。

「いらっしゃいませ、ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』へようこそ。??どうぞ、お好きな席にお掛けください」



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