マイルールを守ってこそ(メニュー:ナポリタン)
ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』。
どんな異世界とも交流することが出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は??珍しく、繁盛していた。
「いやいや……何で?」
普段はテーブルに配膳なんてしやしない。それぐらい客が来ることも疎らだからだ。まあ、たまにテーブル席が良いって言う客は居るけれど……それでもそんなに狭くないボルケイノが、ここまで繁盛するなんて正直あまり見たことがない。
「いやあ、繁盛しているねえ。全く」
調理で忙しいはずのメリューさんがカウンターに出てきた。
いや、忙しくないの? まじで。
「え? 忙しいよ。サクラにもティアにも頑張ってもらっているんだからさ。でもさ、見ておきたいじゃん? あんまりここが埋まることってないし」
言っていて恥ずかしくならないのか、それ。
「でも、こんなに忙しいって何があったの?」
「何か幻術でも使ったんか?」
シュテンにウラも今日はお手伝いだ。
というか、フルメンバーが揃って仕事ってなかなかないぞ?
惑星直列よりも珍しい確率だったりして……それは言い過ぎか。
「記者が宣伝していたのよ、ここのこと。『神出鬼没な名店、現る!』って」
そう言ってメリューさんはタブロイド誌を差し出した……。こんなレイアウトの新聞を見るのも、結構レアケースな気がするけれど、異世界ではこれが主流だったりするのかもしれないな。多分。
「どれどれ……。『グルメ記者、バララークが行く! 美味しい料理を求めて何処までも』……ね。なんでネーミングセンスは俺たちの世界と何ら変わりないんだか……」
或いは異世界転生でもしたのかな?
そんなことは有り得ない、と昔メリューさんかティアが言っていた気がするけれど。
「そこに掲載されているでしょう? デカデカと、ボルケイノの文字と写真が!」
メリューさんの指差した箇所を見ると……、成程。確かにボルケイノの店内の写真と、メニューについての講評が書かれている。
「評価は可もなく不可もなく、といったところらしいね。まあ、確かに味がめちゃくちゃ美味いと褒められたことはあまりないし、こればっかりはその通りと言わざるを得ないけれど……。それでも、こういう新聞に載るってだけでもだいぶ嬉しいものよね」
「でもそれってどの異世界から手に入れたんですか?」
「うちには魔女が居るでしょう?」
リーサが何かしたって言うのか?
「あの子、そういうの取り寄せが出来るのよね……。どういう魔法なのか、正直あまり理解していないけれど」
猫型ロボットじゃあるまいし、そんなことが出来るのか?
いや、まあ??異世界では俺たちの世界での常識が通用しないことは、もう随分重ねたこの作品のエピソードでわかりきっていることではあるんだけれどさ。
カランコロン、とボルケイノの玄関、そこについているベルが鳴ったのは??ちょうどその時だった。
「あらあら、大盛況で良かったわあ」
赤髪のアフロみたいな髪型をした女性だった。
一歩足を踏み入れると、まるで引き摺るようにうねうねと体が動く。
「え……?」
「ああ、あんたは。バララークさんじゃないか、しばらくぶりだね。また来てくれたのか?」
驚く俺をよそにメリューさんが声をかける。
バララークさんは、上半身は普通の人間の体だった。しかし、下半身は??紛うことなき、蛇だったのだ。
ケンタウロスとかそういった類の生き物なのか?
「おやあ? 今日はいつもとメンバーが違うようねえ?」
のっぺりとした感じ。
或いは、引き伸ばしたような感じの喋り方だった。
「今日のこれがフルメンバーだよ。それでも回るか回らないか、ってぐらい反響があるね。流石はグルメルポライター」
「いやいや、私はただ食べたい物を食べて、ついでに取材もさせてもらう……そんなことだけ。だから有難いことではあるんだよ、こちらとしてはね……。実際、私の腕でどれぐらいお店を良くさせることが出来るか、という意地やプライドもある訳だし。まあ、それが成功すればするほど、こっちとしても大きなプレッシャーにはなるかね」
ひどくリアリストな考えだった。
いや、でも、これが自然なのか?
「……おっと、そんな話をしに来たんじゃなかった。……作ってくれるかな? 今、私が食べたい物を」
ニヤリ、と笑みを浮かべてバララークさんは言った。
分かりきったような、或いは見え透いたようなことだ。
そんなこと??ボルケイノは数え切れないほど熟してきたのだから。
「任せなさいっ!」
その言葉を放って、メリューさんは再びキッチンへと踵を返すのであった。
◇◇◇
「お水です」
バララークさんはカウンターの特等席??キッチンから出てくる料理を、すぐに自分の視界に捉えることのできる席だ??を押さえていた。思えばそこはずっと誰も座っていなかった気がする。もしかして予約していたのだろうか? たまにミルシア女王陛下だって予約しているぐらいだし、そんな制度がない訳ではない。
水の入ったコップをバララークさんの前に差し出すと、
「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたのよね。ここで気分をリセットして、食事を楽しめる最善の環境を整えないと」
そう言って、コップを手に持つと中に入っている水を一気に飲み干した。
正直、目を丸くしていた気がする。
或いは、唖然としていた??とでも言えば良いだろうか。
少なくとも客人にはしていけないような、そんな態度をとっていた気がする。
「あらあら、ごめんなさいねえ。こう言うのは、私のマイルールなのよ。だから、ちょっと驚かしたかもしれないけれど……許してちょうだいね? 迷惑をかけるつもりは、ないから」
まあ、そこまで言うなら??と俺は思い、直ぐにお代わりの水をコップに注ぐのであった。
◇◇◇
結局、あれからバララークさんは合計三杯もの水を平らげた。何故そんなことをするのかと聞いたら、水を飲むことで舌をリセットしているのだとか。無論、科学的根拠は無いだろう。ブラシーボ効果とでも言えば良いだろうか? だとしても、飲み過ぎな気がするけれどね。水中毒、という言葉もあるぐらいだ。飲ませ過ぎないように、ウェイターとして俺も気をつけておかないと……。
「ケイタ。料理が出来たから持っていってくれるか?」
キッチンからメリューさんの声が聞こえて、俺は我に返った。
キッチンに入ると、テーブルの上に一つの料理が出来上がっていた。
言うまでもなく、お皿には載っている。
「これって……」
「おう。ケイタの世界にある、ごく一般的な麺料理にしてみた。スパゲッティ? と言うんだっけか? 珍しく手に入ってねえ。たまにはお店で出してみようかな? なんて思っちゃったんだよな」
「そうなんですか? いや、まあ、別にダメとは言いませんけれど……」
「さ! 冷める前に早く提供してこい。……一応言っておくけれど、誰に提供するのかは、流石に言わなくても分かるよね?」
そりゃあ勿論。
何年ここでウェイターやっていると思っているのか?
どのお客さんがどの料理を食べようと思っているか??とまでは分からずとも、注文を受けてから誰に配膳すべきかぐらいは分かっているつもりだ。具体的な料理が出来上がるまでは、どの料理を提供するかも分からないのは、かなりの難易度ではあるのだろうけれど。
さて。
そんな御託はどうだって良い??先ずはバララークさんへ料理を提供せねばならない。そう思いながら、俺はトレーにお皿を乗せ、そのままカウンターへと戻っていった。
◇◇◇
「お待たせ致しました。ナポリタンになります」
パララークさんの前に差し出したのは、ナポリタンだった。ケチャップで味付けをしたスパゲッティである。ウインナーやいくつかの野菜も入れて炒めている。スパゲッティは太めのものを使っているからか、食べ応えがありそうだ。
「……ナポリタン?」
聞きなじみのない言葉だったからか、こちらを見て首を傾げていた。
そりゃあ、まあ、その通りだと思う――ナポリタンと俺は言ったけれど、その単語と料理が結びつくのは、俺の住む世界ぐらいの話だし。他の異世界でナポリタンが存在するなんて、それこそ聞いたことがない。
「ええ、とっても美味しいですよ。見た目は真っ赤で、あんまり美味しそうに見えない、と言われても正直致し方ないのは否定しませんが……」
「いや。別にそこまでは言っていないのだけれど……。でも、興味があるわねえ」
パララークさんのお眼鏡には適った様子で、何よりだ。
グルメ記者、それもそれなりに有名な存在から毛嫌いされてしまったら、お終いだからね。
どういうことをしても、結果的にはその人が書き立てたことで全てが変わってしまう??恐ろしいものだね、ペンは剣よりも強し、とは良く言ったものだ。
「はてさて。どんな味がするのやら……」
パララークさんは一口、ナポリタンを口にした。
目を丸くして、お皿と俺の顔を何度も見返したのだ。
見返したところで、シェフは俺ではないのだけれど……。
「美味い。酸味と、そこから追いかけてくるまろやかな味。塩気も効いていて、野菜もシャキシャキではなく萎びているのもベストなのね。野菜は美味しくいただくためには、食感を残すべきかと思っていたけれども、よもやこういう食べ方があるなんて……」
ぶつぶつとコメントを言っているけれど、概ね良い評価ではあるのかな?
だとしたら何よりだ。料理を全く作っていないけれど、何だか俺まで褒められた気分になる。
「……まあ、これなら美味しい料理ね。相変わらず、美味しい料理を出してくれる……。ここは良いレストランよ。常に訪れることができれば良いのだけれど。何か魔法でも使っているのか、毎日同じ場所に行ってもある訳ではないのよね……」
呟いているが、まさにその通りである。
お客さんも全員が全員、毎日同じ場所からボルケイノにアクセス出来る訳ではない。
一応、スタッフとして働いている俺たちは、毎日同じ扉からアクセスすることは出来る。どういうやり方で実行出来るかどうか??今はそれを語るには、時間が足りない気がする。紙幅が足りないとか言いたかったけれど、残念ながらこれはウェブ小説の一編であって、やろうと思えば一万文字でも二万文字でも書けるのだ。だから、ここで紙幅という単語は御法度であり……でもこれ仮に書籍化したらどうなるんだ? 今考えたって全く無意味なのだろうけれど。
来年の話をしたら鬼が笑うとか言うけれど、これなんか鬼が笑うどころか笑い死ぬんじゃないか? なんて思ったりした。実現の可能性は限りなく薄いのだし。
それはそれとして、想いに馳せる俺とは対極的に、ひたすらナポリタンを食べ続けるパララークさん。よっぽど美味しかったか、お気に入りになったのだろう。それはそれで非常に嬉しいし、もっと食べてほしいものだ。
……そんなこんなで、あっという間にナポリタンを食べ終えたパララークさんは、とても笑顔であった。
満足した表情、と言っても良い。
輝いているその表情は、至高だ。
「……とても、美味しかった。また記事にさせてもらうわ」
そう言ってパララークさんはもう一杯水を飲み干すと、綺麗に口元をナプキンで拭いてから、銀貨数枚をカウンターに置いた。
長らくボルケイノに浸っている読者諸君ならわかるかもしれないけれど、ボルケイノの料理、その価格って結構曖昧だ。当たり前だけれど、異世界によっては物価は全然違う訳だし。一応、俺たちの世界の通貨に配慮して、バイト代は支払ってくれるだけ有難いのだけれど。
なので、ボルケイノのメニューには、きちんとした価格がない。
良く言えば、時価ってやつだ。
食べた人間が美味しいと思ったなら、その価値に支払えば良いだけの話。
お客さんが価格を決める??これって一見デメリットが多そうに見えるけれど、残念ながらそんなことはない。ボルケイノに至っては、きちんとそれなりの金額を支払ってくれる??それって、きちんと満足したことの証左になるんだよな。
そうしてパララークさんはカウンターとその奥のメリューさんに手を振って??ボルケイノを後にするのだった。
その後ろ姿は、とても満足げだった。
◇◇◇
簡単ながら、後日談。
或いは、わりとどうでも良い蛇足?
後日、ボルケイノにまたお客さんが大量にやってくる日があった。
てんてこ舞いの一日だったが、終わったタイミングでメリューさんがタブロイド誌を読んでいた。
「メリューさん。片付けを手伝ってくれても良いじゃないですか」
「ん? ああ、悪い悪い。またパララークが記事を書いてくれてね。良いじゃないか! 『食べたことがないけれど、懐かしさを感じる味』だって。ケイタの世界の料理が、異世界で愛される日も遠くないかもしれないぞ?」
それはそれで、まあ。
良いのかもしれないけれど、さ。
そう思いながら、俺は片付けを再開しつつ??。
「いや、それで逃げられると思ったら大間違いですよ?」
「ダメかあ……」
危ない危ない。
あわよくば片付けから逃げようとしていたメリューさんをとっ捕まえて??俺たちは閉店後の片付けを再開するのであった。
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