少し贅沢な賄い料理(メニュー:チーズフォンデュ)
ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』。
どんな異世界とも交流することが出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は、やっぱり今日も暇であった。
「最近寒くなってきたよねえ」
「……確かにな」
あまりにも暇過ぎるので、俺とサクラはカウンターで雑談をしていた。
ボルケイノにも家庭菜園があるけれど、厳密に四季という概念は存在していない……気がする。多分。あんまりそういうところまで着眼点を持っていないからかもしれないけれど。
まあ、ボルケイノの事情はある意味どうだって良くって??どちらかというと、今寒いだのどうだの話しているのは、俺たちが普段暮らしている世界の方だ。
「そう言えばさ、こないだテレビで本場のチーズフォンデュの特集をやっていてね! とっても美味しそうだったなあ……。流石に家庭で作るのは難しいし、何処かに食べに行くしかないのだろうけれど」
「本場って何処なんだ? チーズが美味しい国ってことだし、やっぱりヨーロッパ?」
「さあ? そこまでは見ていないかも。でも本場だと一人五千円はするんだって。海外旅行なんて夢のまた夢だよねえ」
海外よりも異世界に行っている方が多い気がすると思うし、そっちの方が経験出来ることもないからレアケースでは? と思ったけれど、あまり突っ込まないでおいた。
それにしても??チーズフォンデュ、か。
確かに気になる料理だけれど、自宅では作ろうとは思わない代物だよなあ??なんて思いながらポケットに入れてあるスマートフォンで調理法を調べてみる。
「ええと……チーズと白ワインを鍋に入れて弱火で溶かし込んで、アルコールを蒸発させて……、ジャガイモは茹でておいて、パンは硬めのパンが良くて……」
成程。
やっぱりこれではお店で食べた方が良いと再認識せざるを得ない。
どうするかなあ、なんて思っていたのだけれど……。
「……ん?」
待てよ、そう言えばさっきメリューさんが??。
俺はそれを思い出して、バックヤードへと走っていった。
◇◇◇
ボルケイノにあるバックヤード、と一概に言っても色々ある。キッチンに、数多の食材が保管されている倉庫(冷暗所と言っても良いかも? 冷蔵庫という概念は、ボルケイノには存在しない。何故なら電気がないからだ)、休憩所もあるし、さっきも言った通り家庭菜園だってある。
そして、今俺が歩いているこの建物??メリューさんたちの住居もまた、バックヤードの一つに当てはまるだろう。
今日はあまりにも暇なので、メリューさんは部屋で休憩している。或いは一服しているとでも言えば良いか……。
メリューさんの部屋に到着したので、ドアをノックする。
ノックは三回、出来る限り等間隔で。
これがメリューさんの部屋をノックするルールだ。
「メリューさん、失礼します」
扉を開けると、直ぐに甘い香りが飛び込んできた。
鼻にまとわりつく、甘ったるい香りだ。
果物とも花のそれとも言い難い、しかし何処か妖艶な雰囲気さえ感じさせるような、甘い香りは、メリューさんの部屋では日常茶飯事だ。
ビーカーのような形をした容器が、部屋の中心に置かれていた。
容器には水が満たされていて、その上には幾つかの小さい容器が置かれている。真ん中の容器からはチューブが伸びていて、それは窓際に座っているメリューさんの足元にまで伸びていた。
否、正確にはその先端をメリューさんは咥えていた。
俺たちの世界でいうところのシーシャ??水タバコに近しいものらしい。容器の上に香草や薬草などで調合した専用のプレートを置いて、それに火をつける。すると煙が水を介して冷やされて、それがチューブ経由でメリューさんに届く??と言った仕組みだそう。
タバコとは違って、紫煙が出るというのもない。
しかし、メリューさんの口から吐き出される煙、何処か遠くを見つめている、或いは落ち着いている表情、部屋を支配する甘ったるい香りは、何とも言えない雰囲気を感じさせる。
タバコを吸ったこともないし吸える年齢でもないし、吸う予定は全くもってないのだけれど、しかしこの妖艶な雰囲気だけは、少しだけかっこいいと思う気がする。
暫しして、俺が部屋に入っていることに気づいたメリューさんは、こっちを見て笑みを浮かべた。
「……おっと、ノックしていたかな。ごめんね、ちょっと休憩したいと思っちゃうと、ついつい吸っちゃうんだよねえ」
「いえ、別に……。休憩なんて人それぞれですから」
「おっ。良いこと言ってくれるじゃん。……ところで、そんなことを言うために来たって訳でもないよね? お客さんでも来た?」
「いや、お客さんは来ていないんですけれど……。メリューさん、こないだヒリュウさんからチーズを貰っていませんでしたっけ?」
ヒリュウさんは、とある異世界にあるカルノー山脈で羊を育てている羊使いだ。
最近は頻度が減っているけれど、今でも午前十時になるとプリンアラモードを食べに店にやってくる、うちの常連さんの一人でもある。
「ああ、貰ったと思うけれど……それが?」
「それで一つ、作って欲しい料理があるんですけれど」
自分では作れない? お店に行かないと食べられない?
だったら、お店で作ってもらえば良いのだ。
何故ならここは??どんな料理だって作ることの出来る料理人が居る、異世界唯一のドラゴンメイド喫茶なのだから。
◇◇◇
こうして、出来上がった料理が今??目の前に広がっている。
手のひらより少し大きいぐらいの小さい鍋が、火にかけられている。
鍋の中には、ぐつぐつとチーズが煮えたぎっている。正確に言えば、チーズと白ワインを混ぜた代物であるらしい。チーズだけだと何だか直ぐに固まってしまうんだとか? 聞いたことがないけれど、一応インターネットで調べると出てくるからそれに従ったまでだ。やっぱりインターネットって素晴らしいな。無尽蔵に広がる知識の取捨選択さえしっかりすれば、問題なしだ。
鍋の隣にはサイコロのようにカットされたパンとじゃがいも、それににんじんが並べられている。要はこれをチーズにつけて食べるという訳だ。
メリューさんから他の種類の食べ物は要らないのか? と言われてしまったけれど、一旦待ってもらった。何せチーズフォンデュは初めての代物だ。例えばこれが自分の舌に合うのならまだしも、全く合わなかったとしたら??この後の工程が地獄だ。
何せ、チーズは異世界産。美味しいか美味しくないかは、こればっかりは分からない。まあ、プリンアラモードなど甘味にヒリュウさんから貰った羊のミルクを使っているし、ぶっちゃけ味だけであれば知っている。だから、問題ないはずだ??そう思っていた。思い込んでいた。
「……まっさか、ボルケイノでチーズフォンデュが食べられるなんてねえ。驚きだよ」
サクラが恍惚とした表情を浮かべている。
未だ食べてもいないのに、随分と満足した表情を浮かべているものだな……。
まあ、楽しければそれで良いのかも。
流石にチーズフォンデュで使うような柄の長いフォークはないので、普通のフォークしかないのだけれど、それでもチーズフォンデュは出来ない訳ではない。
フォークにパンを刺す。この時、パンが鍋に落ちないようにしっかりと固定しておくと良い。
そして、それをチーズがぐつぐつと煮えたぎっている鍋へ投入する。ただ入れるだけではなく、ぐるぐるとかき混ぜるようにすると良いらしい。なぜなら暫く放っておくとチーズが固まってしまうからだ。それを防ぐために、パンやじゃがいもなどにチーズを纏わせる際に、チーズを全体的にかき混ぜると良いらしいのだ。食べたことがないから、全てインターネットの知識の受け売りではあるけれどね。
取り出したパンにはチーズがたっぷり纏わり付いていた。しかしながら、これではチーズが重力に負けてドボドボと鍋に落っこちてしまう。
それを防ぐために、さらにパンをぐるぐると空中で回転させる。それによって落下しようとしているチーズを巻き付けるのである。
そこまでしたところで、漸く綺麗にチーズが全体的にパンに纏わり付いた。
完璧だ??我ながら自画自賛をしてしまったところではあるけれど、初めての割には上手く出来たと思う。流石に百点と言ってしまうのは、ちょっと気が引けるところがあるけれど。
そして、一口放り込む。
チーズの塩味が口の中に広がり??とても美味しい。
「美味しい……」
そして、それはサクラも同じ感想だったようだ。
「まさかボルケイノでチーズフォンデュが食べられるなんて、本当に良かった!」
そう言って次のじゃがいもをフォークに刺していくサクラ。
「そう急がなくても、まだまだ食材は残っているから安心してくれ」
メリューさんが笑いながら、そう言う。
そして、メリューさんもまたチーズフォンデュを一口。
「ほう」
感心したかのような言葉を口にしただけだった。
美味しいと思ってくれたのだろうか? 正直、言葉だけでは分からなかった。
しかし休む間もなく次の一手に入ったことを考えると??少なくとも不味くはなかったのだろうと、そう思いたい。
◇◇◇
エピローグ。
と言うよりも、ただの後日談。
あのあと、皆で無我夢中になりチーズフォンデュを貪り尽くした。気がつけば用意した食材はあっという間に空っぽになってしまい、それぞれチーズで満たした鍋もほぼ空になっていた。
しかしチーズは残っていたらしく、夕食にはチーズをたっぷり使ったパスタを作ってくれた。それもそれでまた美味しいものであったのだけれど……。
夕食後、正確には帰宅に向けて準備をしていたところでのお話。
サクラが満面の笑みで、
「いやあ、ケイタ。今日はありがとうね! チーズフォンデュがまさか食べられるなんて……。メリューさんがそれを再現できたことも凄いけれど」
「そうだな……。いや、ヒリュウさんから貰ったチーズがまさかあそこまで大活躍するとは思いもしなかったよ」
「そうだねえ。……ただ、一つだけ言えることがあってさ。これはきっと、どちらかというとデメリットになってしまうのかもしれないんだけれど」
何だって?
あれだけ大満足であったのに、デメリットと言えるポイントがあったか?
と思っていたら、サクラが少しお腹を撫でて、こう言った。
「……もう暫く、チーズは食べなくても良いかなあ、なんて思っちゃうのは贅沢なのかな」
……ああ、そう言うことか。
それについては、俺も全面的に同意するかな??と思いながら愛想笑いを返すのだった。
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