悲哀なる女王陛下 (メニュー:かけうどんとホットミルク)
ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』。
どんな異世界とも交流することが出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は、いつにもなく暇であった。
カランコロン、とドアにつけた鈴が鳴って、俺は意識を取り戻した。仰々しい言い方をしているけれど、要は人が来なさすぎてうとうとしていただけ……。別にこれで職務怠慢にはなりゃしないから安心してほしい。メリューさんは拘束時間を労働時間と認識している立派な事業者だからね。
おっと、そんなことよりお客さんだ。
そう、俺は入り口の方をふと見ると??。
「ミルシア……女王陛下?」
ボロボロの姿で蹲る、ミルシア女王陛下の姿があった。
◇◇◇
ところで、知らない人のために軽く説明しておくと??ミルシア女王陛下は、文字通り異世界の何処かにある国の女王様である。ボルケイノにもちょくちょくやってきてくれる、いわば常連であり、ある時はミルシア女王陛下の居るお城までお粥を出前したこともあった。思えば、懐かしい出来事ではある。
で、そのミルシア女王陛下は今??俯いた表情で、メリューさんからもらったホットミルクをちまちま飲んでいた。
何があったのだろうか。
壮絶な出来事があった、ということは表情や服装で分かる。華美なドレスはボロボロになっており、ところどころ穴も空いている。髪はボサボサだが、肌は綺麗なままだ。しかし、あの自信に満ち溢れていたオレンジの目は、少し焦点があっていないというか、澱んでいるようにも見受けられる。
「……何があったんだ? ミルシア」
ホットミルクを飲み干して、若干落ち着きを見せたであろう??そんなタイミングで、メリューさんは声をかけた。
「……………………………………負けたの」
長い沈黙を経て、一言だけそう答えた。
「負けた?」
「戦争に」
ポツリ、ポツリ、と。
ミルシア女王陛下は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「あっけなく。容赦なく。滞りなく。相手は、私の国を蹂躙していった。男を殺し、女を捕虜にし……色んな人々が殺され、連れて行かれた。私は最後まで抗おうとした。けれど、彼女が??メイドたちが、それを阻止した」
メリューさんは。ミルシア女王陛下の言葉に頷くばかりだ。
「彼女たちは……今、あなたが死んだら王家が完全に途絶する、と……。だから生きて再起の道を図ってくれ、と……。そう言い残した……。でも、何処に逃げれば良いのか分からなくて、でも、容赦なく相手の兵士は追いかけてきて……。もう逃げられない、どうすれば、と思ったとき??」
「……うちへの扉が現れた?」
メリューさんの言葉に、ミルシア女王陛下は頷いた。
「正直、何でここにボルケイノの扉が出てきたのか、分からなかった……。でも、これは救いだと思った……。何故なら、ボルケイノへ続く扉は、何故か消えてしまうのだから……」
確かに、そうかもしれない。
ボルケイノの存在を知らない兵士たちからしてみれば、まさかミルシア女王陛下がこんな異世界に逃げ込んだなど??思いはしないだろうし。
「……辛かったな」
メリューさんは、ぎゅっとミルシア女王陛下の体を抱きしめる。
「しかし、そのアイディアは正解だったな。ボルケイノは、いつ何処でその扉が出現するか……、少なくともお客さんの側では知る由もない。つまりは、ミルシア、あんたは一生上手く逃げられたという訳。或いは、神隠しとでも言えば良いか」
但し、と言って指を一本立てる。
「デメリットは当然存在していてね、何も考えずにボルケイノの外に出てしまったら……、また同じ世界へ戻ってしまう。これはお客さんの住んでいる世界を、扉が認識しているからだ。それは『ルール』であり、申し訳ないが我々にも変えることは出来ない」
つまり、二度とあの扉を潜ることは出来ない、と?
確かに何も考えたことはなかったけれどさ……、ボルケイノがどうして住んでいる世界と往来することが出来るのか、ってことに。それってつまり、扉がそう認識して記憶しているから??ってことだったのか。まだまだ知らないことだらけだな、この店については。
「それじゃあ……、それじゃあ、どうすれば?」
そうミルシア女王陛下が問いかけた、ちょうどその時??ぐるるるる、とお腹の音がボルケイノの店内に響き渡った。
「……………………、」
それがミルシア女王陛下のものであることは、自明だった。
そして、本人もそれを分かっていたから、顔を赤らめて俯いた。
「……まあ、先ずは食事を取ってから考えると良い。この場所の時間の流れは特殊でな? とってもゆっくり流れるんだよ。こっちでの一日が、向こうでは数瞬……とまでは言わなくても、そんなに時間が経過していなかったりする。だから、安心してゆっくりと過ごすが良い。じゃ、ケイタ。あとは任せたよ」
そう言ってメリューさんは右手を振ると、バックヤードのキッチンへと姿を消すのだった。
……引き継いだは良いけれど、どうすれば良いんだろう?
しかし、考えたところで時間は有限だ。いずれにしても、俺に出来ることをするしかない。
そう思い、俺もまたウエイターとしての仕事を最大限実施するべく、動き出すのだった??。
「ところで、何を提供するつもりですか?」
バックヤード??即ちキッチンにて、コーヒーを淹れる時に、俺はメリューさんに問いかけた。
「……ありゃあ大分お疲れって感じだろう。だったら、心を落ち着かせるためにも温かい料理である方が良い。それでいて、あんまりボリュームのある料理は提供しない方が良いな」
「何故ですか?」
「何故、って……。分からないか? あいつ、ああいう感じに見えているが相当やられているよ。死ななかったのが奇跡なぐらいだ。……少しぐらい、落ち着いてから回復していった方が良い」
そう言って、メリューさんは調理に戻っていく。
一体何が出来るのか、ウェイターの俺にはさっぱり分からないままだったが……、まあこれはいつものことだし、致し方ないかな。
とにかくコーヒーを淹れて提供すること??それが俺のやるべき仕事であることは間違いないので、カウンターへと戻ることとした。
◇◇◇
料理を持ってくると、ミルシア女王陛下は少し目を丸くしていた。
どんな料理を持ってくるのか??と少し気になっていたのだろうか? まあ、そう言われるとその通りではあるけれど。
目の前に提供したのは、かけうどんだ。
シンプルなうどんであり、トッピングはネギだけ。揚げ玉をトッピングしても良かったような気がするけれど、そこまでは必要なかったらしい。本当か?
「……随分とシンプルな料理な気がするけれど、でも、今は逆にこれが有難いかもしれないわね……」
ミルシア女王陛下はそう言って、スープを一口レンゲで掬って、啜った。
「これは……、優しい味……」
そう言って、何か噛み締めているような、そんな表情をした。
「……久しぶりな気がする。こんなに温かい料理は……」
ミルシア女王陛下はそう言って、うどんを食べる。
みるみるうちにうどんが胃袋へ入っていき、ものの五分もしないうちに完食してしまった。
「ご馳走様。……何だか、心が温まったような、そんな感じがするよ。……あっ」
店に入った時よりも表情は大分良くなった気がするが、最後に何か思い出したかのような表情を浮かべたのが気になった。
直後にバツの悪そうな表情を浮かべ、目が泳いでいるようにも見える。
もしかして??。
「あの……、もしかして、ですけれど」
「……分かった?」
ミルシア女王陛下も俺の言葉を聞いて観念したのか、そう返した。
「実は、何も持っていなくて……。でも、食べ物は食べてしまった……。どうすれば良いだろうか? メリューに聞いてもらえないか」
「それならここで働けば良いだろう?」
気づけば俺の隣にメリューさんが立っていた。
「メリュー?」
「メリューさん?」
俺とミルシア女王陛下は一体何を言っているんだ、という同じような感想を抱いていたらしく、同じような反応をしてしまった。
「居場所がないのだろう。そして、今から戻っても……、きっと絶望的な未来しか待ち構えていない。だったら、ここで時間が経過するのを待てば良い。熱りが冷めるのを待てば……、いずれミルシアが帰れる世界になっているだろうよ」
メリューさんは良いことを言っているように見えるけれど、でも、ミルシア女王陛下に働け、と……?
それってわりかしとんでもないことを言っているような気がするのだけれど、気のせいだろうか……。
「ここで働いて良いの……? でも、私働いたことなんて」
「大丈夫だよ。ここに居る人間は、誰しも初心者からスタートしている。だから別に気にしなくて良い。教育はしっかりするし、ミスをしても否定はしない。だから、安心して仕事に励める。それがボルケイノの良いところだよ。どう思う?」
「……住まいもある、と?」
「勿論。ちょうど空き部屋が一つあるよ。別にそのために空けていた訳じゃないけれど」
確かに、あったような気がするな。
でも、部屋が空いているからといって、ミルシア女王陛下がそれに従うとも……。
「私で良ければ、お願いしたい……。そう思うのは間違いだろうか?」
マジかよ。
流石に予想外だし、ミルシア女王陛下が後輩になるってことか? 教育係もしなければならない、ってことか? 流石に勘弁して欲しいというか、何というか。ずっと店員と客の関係性でやってきた訳だし、それが崩れてしまうのも何だか困るというか……。
「別に問題ないよ。それじゃあ、早速バックヤードへ移動することにしようか!」
メリューさんはそう言って、ミルシア女王陛下??もといただのミルシアを連れて、バックヤードへと消えていった。
一部始終を見ていたティアさんに、俺は問いかける。
「……良いんですかね? あれで」
「何が?」
何が、って。
「いやいや……。さっきの一部始終、見ていたんですよね。ああいう感じに店員が増えて行くのって」
「嫌なの?」
ティアさんは短い言葉で核心をつく。
「……嫌ではないですけれど」
「メリューは、ああやって弱者を救っていた。だから、今回もその信念に従っただけ、だと思う。それ以上でもそれ以下でもない」
「はっきり言いますよね、ティアさんって……」
ティアさんに聞いた俺も悪かったのかもしれないけれど。
とはいえ、今は新しい仲間の参加に喜ぶしかないのだろう??などと、ある種強制的にでも楽観視するしかないのだった。
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