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 時は流れ、授賞式。
 肇くんはついにここまでやってきた。
 ぼくはと言うと——審査員なこともあって、ステージ裏に居た。
 流石に受賞者候補と審査員が同じ場所に居ると、それはそれで大問題だからね。流石に場をわきまえているつもりだよ。
「……まさか、本当にここまでやってくるとはねえ」
 隣に立ったのは、近藤さんだ。
 気づけば冴木さんも立っている。少しばかり緊張している感じも見て取れる。
「緊張するのもしかたねえよ。ここで新しい才能が世に放たれる。その才能が如何転ぶかは——今ここに居る誰にもわからねえんだから。ただ、その才能を活かすも殺すも本人次第ではあるのは、紛れもない事実だが」
「それぐらい、わかっていますよ。でも、それだからこそ面白いんじゃないんですか? 小説や物語みたいに、最初から最後まで決まっているストーリーじゃつまらないでしょう? 未確定要素が多すぎるからこそ、時に現実は面白いんですから」
 ぼくの言葉に近藤さんは笑う。
「何か変なことでも言いましたか?」
「……いいや、別に。悪かったですね、笑ってしまって。けれど……それぐらいに期待しているんでしょう、彼に」
「そうだよ」
 ぼくは笑みを浮かべる。
「だからこそ、ぼくは彼に賭けてみたくなったんだ。コウカイしないためにもね」
「それでは、これより授賞式を開始いたします!」
 壇上の司会者が、そう声高々にアナウンスをする。
「さあ、始まりますよ」
 ぼくは言った。
 ぼくは、おめでとうを言うために、壇上に上がるのだ。
 そうドレスの裾を払いながら、歩き始めるのだった。
 そういえば、ドレスなんて久しぶりだな、なんてことを——思いながら。


  10


「……いまだに実感が湧かないな」
 さらに数ヶ月後。
 おれは本屋に立っていた。
 目の前にあるのは、たくさんの積み上げられた単行本だ。
 そこには全て、おれのペンネームが書かれている。
「発売日にソワソワして本屋にやってきちまうとか、ゲームの発売日に待ちきれない子供みたいになっちまって……。歩に見られたらなんて言ってくるんだか……」
 ポケットの中にあるスマートフォンが震える。
 それを取り出して画面を見ると——そこにはメッセージが一件表示されていた。
 それを見て、おれは踵を返し、本屋を後にするのだった。

 あの時から、おれは変わったような気がする。
 後悔ばかりの人生だったけれど、一度きりの人生を後悔しないためにも、公開する人生を歩んだ。
 これからの人生は、後悔の連続かもしれない。
 けれど、この航海を楽しんでいくのもまた——人生なのだろう。
 そう勝手に締めくくりながら、おれはスマートフォンをポケットにしまい込んだ。





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あとがき