第二章7


「レジスタンスというと、何だか戦闘でもして国に対抗しているのかって話になってきますが、実はそうではなくて」

 ロキはそう言って、レジスタンスの活動について説明を始めた。

「……そうではない? 戦闘をせずにどうやって国と対抗していこうとしているのかしら?」
「一言で言えば、言葉ですよ。ペンは剣よりも強し――とまでは言いませんが、言葉には素晴らしい力が備わっています。だからこそ、私はそれを使って血を流すことなく国を変えようと考えている」
「そりゃあ素晴らしい考えではあるけれど……、それがいつまで続くかも分からないでしょう?」
「短期的に終えるために、血を流すことも厭わない――そう言いたいんですか? だとしたらあなたは旅芸人なのに、嫌にリアリストだな」
「夢を見せる商売だからこそ、現実を直視したくなるものよ。例えそれが逃れようのない現実であったとしてもね」
「……成る程、言い得て妙だ。現実があってこその夢、真実があってこその理想ですから。そこについては、概ね同意すると言えるでしょう。いやあ、あなたと話しているとなかなか話題が尽きませんね。このままずっと話し続けておきたいものですけれど……、とにかく本題を話さないとなりませんよね」
「レジスタンスは、どうやってこの国を転覆しようとしている?」

 本題を、急転直下、突き付けた。
 しかし私の言葉にもロキは表情を変えることなく、飄々とした出で立ちで答え始める。

「……難しい話ですね。何故ならそれは実現しようと試みてはいてもなかなかそこまで到達しないからです。到達しないなら如何にしてクリアにしていけば良いのかを考えなくてはならないが……」
「クリアにするしないのは今考える話でもないと思うのだけれどねえ。……とにかく物事を決めるための方策を練る。それが一番大事なのではないのかしら?」
「……成る程成る程。アイデアをとにかくひたすら出す。確かにそれは大事でしょう。どんなことでさえもアイデアが出なければ突破は出来ますまい。ならばそのために犠牲にしてでもアイデアを出してやれば良いのですよ。無論、アイデアを出すために止まり続けてはいけませんし、アイデアを出したことでこちらが赤字になってもいけません。あくまでもこの場合のアイデアはこちらに利があるものでなくては――」

 長々と話をするのが好きな男だ――私はそう思った。
 しかしながら、こうやって詭弁を捲し立てる人間に限ってそれを実行しようとする人間というのは、なかなかそれを実行に移そうとはしないのだ。
 あくまでも、語るのは理想論。
 だからこそ、忌避する人間だって多いし――それに陶酔する輩だって現れる。人はそれを信者と呼ぶらしいが、果たして彼は『教祖』たり得る存在だろうか?

「……こうも話が噛み合うのは面白い。この街には私みたいな人間はあまり居ないものでね。高度な頭脳戦を繰り広げることもなくて飽き飽きしていたところではありました。勿論、この国を変えていこうという時は、とても頭を使うので大変ではあるのですけれど、それはその時だけ。……やはり人間、スリルを求めなくてはね」

 まあ、緊張感のない生活ばかりを続けると平和ボケしてしまうだろうな。その考えだけは同意してやろう。
 しかし、ずっと為政者に守られ続けた存在がそうやって大口を叩けるのも、そういう環境に居たからなのではないだろうか――とも私は考える。
 やはり、自分で守ることが出来る力を持っている人間であるならば、それもまた強い言葉であると言い切れるのだが。

「スリル、ねえ! そこについては私も同意するわよ。やっぱり人生は楽しまなくっちゃねえ……。そりゃあ楽しむだけ楽しんで、後は地獄が待っていることもあるかもしれないけれど、そんなのは殆ど有り得ないと言っても過言じゃないんだから。まあ、お互い楽しみましょう? どうなるか分からない人生ですもの。このまま今日死んでも良いように、後悔のない生き方を」
「……重みを感じますねえ、やはり旅芸人であるからか――色々な人の生き方を見てきたのでしょう? そうでなければそういうところにまで踏み込めないはずです。或いは、あなた自身がそういう生き方をしてきたか――」
「あら、野暮ねえ」

 ウルは立ち上がる。
 そうしてウインク一つして、こう続けた。

「レディのことは詮索しちゃいけないのよ。……さあ、レジスタンスのアジトへ案内していただけるかしら? 私達が敵ではないことは、今までのやり取りで充分に理解してくれたんでしょうし」

 ◇◇◇

 ロキを先頭にして、メインストリートを歩く。
 しかし、こうやって表に出ても特に何も言われないということはよっぽどロキが凄いカモフラージュをしているのか、或いは警察が馬鹿なのか……。

「実はね、私は『影使い』の一族なんですよ」

 路地裏に入ってしばらくしていたら、私の疑問を感じ取ったのか、唐突にロキはこう言った。
 それを聞いたウルはうんうんと頷くと、

「成る程ねえ。だからこうやって認知されることも少なくなる訳ね。……そう考えると、日蔭者のレジスタンスって場所は案外天職なのかしら?」
「さあ、どうでしょうね? レジスタンスのゴールはあくまでもこの国を変えることですから」
「……ねえ、ウル。影使いとは?」
「かつて存在した王国のことは知っているわよね?」
「王国があるという記憶だけ残されて、後はそれに纏わる物が一切消失しているという――『消失の王国』のことか?」

 そもそもその名前すらも研究者が付けた仮の名前に過ぎない。
 遥か昔に存在したと言われる、この世界を三つに分割して統治した三王国とその時代だ。
 しかし普通ならばその時代についての遺跡なり遺物が出て来てもおかしくはないはずなのに、幾ら発掘をしたところで何も出て来ない。唯一、世界樹の周りが発掘出来ていないが――それは世界樹教団によって断固として拒否されているという。
 しかし、その王国が何か?

「消失の王国とは言えど、やはり何かしらは残っているものよ。当然だけれど……そこに住んでいた人間は絶対に居たはずよね。先祖を辿ればもしかしたらもっと居るのかもしれないけれど、確定している一族が『影使い』。かつては王国の忍びとして暮らしていたらしいわ……、その特性としてあるのが『影繰り』」
「いやはや、そこまでご存知ならば私の口から説明する必要はなさそうですかね?」

 ロキは深々と溜息を吐き、さらに歩みを進めた。



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