第二章8
「消失の王国、その時代に生きていた人間の子孫が居たというのは、聞いたことがある。しかし、まさか本当に居るとはね……。世界というのは広いことを思い知らされるよ」
「そうですか。そう言ってもらえると有難いですね」
路地裏の道はどんどん狭まっていく。それによって人がすれ違いしづらくなるし、入っていくのも躊躇われてしまうぐらいの暗さだ。そう考えると、こういう隠れ蓑に使うのはベストなのかもしれないな。
「……この路地裏を進んでいるのも、やはり理由が?」
「人混みに居ると、触れてしまう可能性が非常に高まります。影繰りにも限界はありますから、あくまでも遠くから視認するのを妨げるだけですから、完全に見えなくする訳ではないんですよ。それをしたいのなら、魔法なり科学なりに頼るしかない。科学も恐らくは影繰りを実現しているだけだから、これ以上は不可能でしょうが」
「限界があるのは、困りものだな。すっかりどんなことでも実現出来るものとばかり……」
「もしそうだとしたら、私達はきっとここまで衰退していなかったと思いますよ? もっと消失の王国の時代に住んでいた人間が居てもおかしくはないでしょう。しかしそれが出来ていないということは……そういうことです。どんなものにも裏があるし、完璧なものなんて存在しない。これは、世界の摂理とも言えるでしょう」
「……それもそうね」
野暮な話を続けてしまったな――と私は思った。
融通の利く手段ではないことは当人が一番分かっているはずだ。にもかかわらず、私はずっと仮定の話を延々とし続けた。興味のあった内容だったから話をしていたからとはいえ、不快感をあらわにしても何らおかしくはない。
「……一言だけ確認しておきたいんだが、その影使いというのは、もう君しか居ないのか?」
「連絡を取っていないので分かりませんね。……ただ、私が覚えている限りでは未だ何人か残っていたはずです。ともあれ、彼らが死んでしまっていたとするならば、影使いの一族は私だけ……ということになりますが」
かつて存在したはずの王国、その生き残りがたった一人しか残っていないとするならば、それは世界的にも失ってはいけない人材のはずで、大切にしなければならないような気がする。
さりとて、それが実際に出来ないというのもまた世界の難しさとも言えるだろう。彼らが存在していて困る存在も居て、その存在からすれば彼らを守る存在は煙たがっているはずだ。そして、その存在を破壊しようと目論んでいてもおかしくはない。
「……難しいんですよ、私達は。世界というのは酷く歪な存在で、そんな存在を統治することもしようとしなければ、仲良くしようともしない。そりゃあ表面上はそうするかもしれませんけれど、あくまでも上辺だけ。お友達にはなれても親友にはなれないんですよ、国と国の付き合いというのは」
「ならば、どうしたら良い? そこまで分かっているのならば、国の運営だって一筋縄では行かないことも分かっているはずだ。この国を変えようと思っていたとしても、未来のことを考えずに動こうとしているのならば、それは中長期的に見て失敗と言っても差し支えないのでは?」
レジスタンスというのは、そう簡単に出来る話ではない。
一度国家を転覆させるところまでは行けるだろう。しかしそれではその先はどうするか? 考えていなければその先の国民にも支持を取り付けることは不可能に近いだろう。理想論ばかり掲げていても、何も始まらないのと同じように――。
「……それぐらい、私だって考えていますよ。それとも、私がそれすらも考えられない無能だとお考えで?」
ぴたりと、立ち止まった。
最初は少し踏み込んではいけない領域に踏み込んだか――そう思っていたが、どうやら違っていたようだ。
目の前にあったのは、扉だった。
「ここは簡単に入れないんです。……見たら分かりますけれど、鍵がないでしょう?」
鍵穴は確かに見当たらなかった。しかし――ならばどうやって中に?
「ノックするんです。そして……」
数回ノックをすると、声が聞こえた。
「封印を開けし者――」
「――必ずや呪われる」
言葉に答えるロキ。
それを合図にガチャリと鍵が開いた音がした。
「……とまあ、今のが鍵の代わりですね。ああ、一応言っておきますけれど、これは絶対に門外不出でお願いしますね? とはいえ、鍵係は全員の声質を覚えているものでね。厄介なことに、喉が不調になると入ることが出来ないんですよね。いやあ、機械的とは言いますけれど、でもこれしか手段がないから致し方ない。さて、それではご案内いたしましょう。そして改めて――ようこそ、レジスタンスへ」
◇◇◇
扉の向こうには階段が続いていた。
「この階段を降りれば?」
「そうです。レジスタンス本部が広がっています。当然ではありますが、地上で本部を構えてしまうと何処からその声が聞かれてしまうか分かった物ではありませんから。ともあれ、こうやって対策をするのにも限界があるのですが……」
階段を降りると、さらにもう一つの扉が登場した。
「ここは鍵はありません。何故なら、玄関で声質をチェックしているからです」
扉を開けると、そこに広がっていたのは意外と広い空間だった。部屋の真ん中には巨大なテーブルが置かれていて、地図が広げられている。恐らくこのラフティアの地図だろう。そうして、壁にもテーブルなり本棚なりが置かれていて、それぞれのスペースとなっているようだ。
しかし意外と誰も居ない。もう少しレジスタンスというのは狭苦しい空間で大量の団員が右往左往しているものとばかり思っていたが――。
「あれ? ボス、意外と早かったじゃない。話し合いは決裂したのかにゃ?」
テーブルの傍にある大きなソファで眠っていた猫耳の少女が、そう言いながら起き上がってきた。
「これを見てもなお決裂したというのなら、このレジスタンスはとっくに終わっていますよ、フレイヤ」
フレイヤと呼ばれた少女はそのままこちらを値踏みするように眺めている。
しかし、毎回思うが値踏みされるような感覚というのは、嫌いだな。自分の裸をじろじろと見られているようで――。
「だって、それが目的だから仕方ないにゃー」
「?」
今、私の心の声に反応した?
いや、まさかな……。そんなはず有り得ない。偶然だろう、きっと。
「偶然じゃないにゃ。そんなことある訳ないとか思っているかもしれないけれどにゃー」
「……どういうことだ? まさか、本当に人間の心を読むことが出来る――ってことか?」
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