第二章14


「勿体ないというか、丸呑みをするのはちょっとね……。普通に熱くないのか? 火傷しているが感覚がないとか、そういう落ちじゃないだろうね?」
「何を言っているのか分かりませんけれど……、少なくともそんなことはありませんよ? だって、こんなに美味しく食べているんですから。少しぐらいは、私のことも信用して下さい。信用出来ないのかもしれませんけれど、多少は譲歩していきましょうよ。長い旅になることは間違いないんですから」

 仲良しごっこを延々と続けるつもりは毛頭ない――それが私の考えだった。何度も言っているが、こいつは私の敵の娘だ。そんな存在を簡単に許せる訳がない。況してや仲良く食事をすること自体毛嫌いしておきたいのだが、旅をしている以上それも致し方ない。ある程度は受け入れて、譲歩した結果がこれなのだと、脳天気なこいつにどのようにすれば理解してもらえるだろうか……。
 いやいや、ここで話をしたって何一つ解決しないじゃないか。だったら、今進められることを粛々とやっていくしかない。
 やっと冷めてくれただろうか――私はそんなことを思い浮かべながら、スプーンでそれを掬って口の中に放り込んだ。

「熱い!」

 殆どが予想出来たことだった。それは否定しない。否定する気もないし、文句を言う筋合いもないからな。
 しかし、ここまであからさまに熱いものだとは思いもしなかった。長い間、とまでは言わなくとも会話をしている間に少しはこの球体も冷め始めているだろうとばかり思っていたからだ。失敗した、それならばもっと息で冷ましておくべきだった……、しかし、そのままこれを放り出すのもマナー的に宜しくない。もし自分一人だったらそうしているだろうが、他人も居るしここは店内だ。ならばある程度のマナーを許容しなければならないし、従わないといけない。
 結局、私はその熱々の球体をどうにかして咀嚼し――それでもまだまだ熱さが消えなかったのだが――無理矢理に飲み込んだ。
 味? そんなもの、感じる余裕すらなかったよ。とにかく熱くて熱くて仕方がなかったからね。

「……イズンちゃんは熱いものが苦手、と」
「おい、ウル。それを手に入れてどうするつもりだ……。他人の弱点を手に入れてそれを使う機会なんて数少ないはずだが」
「まあまあ、そんなこと気にしなさんな。別に私はこれといって悪いことをするつもりはないんだから、ね」
「そこまで長い付き合いをしていないから、はっきり言って分からないがな。或いは……いつ寝首を掻いてもおかしくはないだろう」
「冷たいわねえ。ま、こうやって話が出来ている以上、少しは親密度も上がったのかもしれないけれどね。それとも、これは愛情の裏返し?」

 巫山戯るのも大概にしろ。

「怖い表情を出すのは辞めた方が良いと思うわよ、イズンちゃん。可愛い顔が台無しだし……、何しろここは食事の場なんですから。少しは気分を落ち着かせて食べてみたらどうかしら? 何せ、このように平和に食事を取ることが出来るのもなかなかないんですし」

 言いたいことは分かる。だが、ウル――旅芸人だからといってももう少し落ち着いて行動したらどうだ? 或いはそう、空気を読むとか考えてみろ。今私が何をして欲しいか分かるはずだ。
 と言ったところで、どうせウルは変に解釈して自分に都合の悪いことは聞かないようにするんだろうな。旅芸人は、そういう精神状態じゃなければやっていられないのかもしれない。
 ともあれ、旅の醍醐味とも言える食事を、先ずは楽しむことにするのだった。
 ……本当に楽しめているのかどうかは、あんまり実感出来なかったが。

  ◇◇◇

 食の都には、食材が集まる。だからそう呼ばれているのだろうが、食材を集めるためにはどうやってそこまで食材を持ってくるか――ということを考えれば、自ずと違う解釈が出来るかもしれない。

「世界キャラバン連盟?」

 初めて聞いたその単語を、ただ私は反芻することしか出来なかった。
 その単語を言い出したのは、意外にもソフィアだった。

「ええ。世界に散らばる商人達、或いはキャラバンを一つにまとめ上げた組織……、それが世界キャラバン連盟です。会費を支払って加盟する代わりに、様々な援助が受けられると聞いています。そしてその一番のメリットとも言えることが……キャラバン同士の情報交流です」
「情報交流?」
「要するに、何処の国に何が起きた、っていうことを共有してくれるのよ」

 助太刀に入ったのはウルだった。

「ウルも使ったことが?」
「あるわよ。やっぱり根無し草だから頼れるところは頼っておかないとね……。『デバイス』も使えるからいつでも何処でも情報を確認出来るというのが一番良いところかしらね。あ、当然お金は掛かるけれどね」
「ソフィア。そこに向かうことで、情報が得られるかもしれない。……そこまでは分かった。だが、出向く理由は? 私の敵となる存在が分かっているのならば、そこに出向く必要はあるまい?」
「イズンちゃんも旅人なら分かると思うけれど、旅人を受け入れてくれるかどうか、というのはその国の状態に大きく左右されるものよ。例えばこのラフティアは未だ良い方かもしれない。疫病が蔓延しているとはいえ、門戸は広く開かれているんですから。……多分、もっと酷い状況になったら、立ち入りすら難しくなるでしょうね。もしそんな国があるとして、仮にそこに……イズンちゃんが会いたい人間が居たとしたら?」

 そうなったら、先ず少なくとも復讐なんて出来やしないだろう。
 勝手に入ることが出来たとしても、出ることは難しいだろうし――それぞれにリスクが生じる。何も悪い影響がなければ問題ないと言えば問題ないのだが、仮に捕まってしまえばそこでの自由は失われる。
 意外と国同士の結びつきも良く、一国で追放されたら他の国も追随する事例が多い。追放者リストを国同士で共有しているのだろうが――いずれにせよ、目を付けられたら厄介なことになるのは間違いない。

「……成る程。確かに国の情報を得ておくことは一理ある。だが、仮に入国出来ないとしても、私は何としてでも入国し復讐を達成するつもりでいるからな。そこだけは勘違いしないでくれよ」
「堅い決心なのは良いことだけれど、たまにはそれが本当に良いのか確認してみたら? もっと違うアイディアが出てくるかもしれないし」
「……善処する」

 とはいえ、きっとそれを理解して発言してはいないだろう。私のことを完全に理解してくれているならば、頭ごなしにこの復讐を否定する人間ではないはずだからだ。
 確かに復讐は間違っている手段だと言われることは多々ある。
 だが、私としては一矢報いなければ、この人生が救われない。
 そのためにはどうするべきなのか――少なくとも、今の私達にはキャラバン連盟へ向かって情報を手に入れるしか道筋がなさそうだった。
 手を拱いて、白き女神討伐のタイミングまで待っても良いかもしれないが、次の一手は考えなくてはならない。
 それに、ソフィアが言う世界の崩壊というのも、少しばかり気にはなるからな。もしかしたらそれに向けて何処かの国が正常な判断を見誤って戦争を始めたかもしれない。そうなると、旅人の受け入れも難しくなるからな。



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