2.闇夜の錬金術師(3)
- 2019/09/15 12:52
「それじゃ、二つ目」
「二つ目?」
「この難民キャンプに錬金術師は居る?」
「……どうしてその質問を投げかけたの?」
ミーシャの言葉に、アヤトは事前に用意しておいた答えを言う。
「少し気になっただけだよ。噂にもなっているし。錬金術師が居るっていう噂」
「……そんな噂が立っているのね。彼には出来ることならあまり悪目立ちして欲しくないと思っていたのに……」
「じゃあ、居るということか?」
彼女は深々と溜息を吐いた後、やがて小さく頷いた。
「ええ。ここに錬金術師が居るのは間違いない事実よ。彼は殆どここに立ち寄ることはないけれど……、それでも彼はここを故郷だと思ってくれている、と思う。でも、彼の中では未だミルシュタインの場所が残っているのではないかな……。まあ、ミルシュタインの民なら全員が言えることなのだけれど」
「ミルシュタインの民……か」
錬金術師は、ミルシュタインの民。
それを聞いただけで充分過ぎる情報だった。
「……本人に会えないのなら、仕方がない。ここは一度立ち去るしかないだろうか……」
「え? 何か言った?」
「いや、何でも」
「少し待っていて! 今、ご飯を用意してあげるから! 食べ物が少ないからお粥しかないのだけれど……」
「ああ、それで構わない」
ミーシャは立ち上がると、教会の奥へと姿を消していった。
しばし、場に沈黙が生まれる。
アヤトは教会の様子を眺めながら、これからのことについて考えていた。
(錬金術師と出会うことは出来なかったが……、ミルシュタインの民だという情報は掴めた。ならば、それを元にデータを照合させることが出来るのではないだろうか? しかし、問題としてはデータベースに居ない場合だ。錬金術師のデータベースなど今や軍以外には残っちゃいないだろうし、問題としては様々なパターンが挙げられるのだが……)
「……何だ。誰か居るのか?」
声がした。
それを聞いて、アヤトは立ち上がる。振り返ると、そこに立っているのは褐色の肌をした男だった。
ミルシュタインの民の特徴とも言えるその褐色の肌、そして様々な戦場を掻い潜ってきたような風貌。
「……誰だ? 新しい人間か? ハイダルク人をあまり連れてくるなと言っておいたはずだが……」
「お前……錬金術師か?」
ぴくり、と眉を動かす。
「何故、それを知っている? まさかあのシスターが話したのか? ……仮にそうだとして、どうして錬金術師に興味を持つ? ただの人間ではないように思えるが」
「……さあな。僕はただの人間だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
か、どうかは別として。
今、ここでこの錬金術師と対決をして良いものか――ということについて考えねばならない。
現に倒すことが出来たとしよう。そうなれば、次に立ち向かうべきは難民キャンプの人々だ。難民キャンプの人々には罪などない。そう考えれば、アヤトが簡単にその腕をふるうことが出来ないのも分かることだろう。
「……何しているの?」
振り返る。そこに立っていたのはミーシャだった。お盆の上には、お皿が一枚乗っていて、そのお皿の中からは湯気が立っている。どうやらお粥を温めておいたらしい。
「……シスター。お前、俺のことを話したな?」
「べ、別に悪い話じゃないでしょう!? だって、あなたに友達が出来たのかな、と思って……」
「俺に友など要らぬ」
男は言った。
そして、一歩、アヤトの前に近づいていく。
「答えろ、どうして錬金術師に興味を持つ? もしや、お前……国の人間か?」
「ハイダルクに住まう人間は、誰だってハイダルクの人間だよ。そういう意味で言っているのかい?」
「笑止!」
ヴン、と風を切り裂く音がした。
それだけだった。
それだけだったのに。
威圧感はより一層感じられた。
相手の持つオーラ――に近い何かを感じることが出来た。
(こいつ……ただの錬金術師じゃない。何かドロドロとしたおぞましい何かを感じさせる……)
「ちょ、ちょっとストップ! 教会の中で喧嘩は駄目! 仲良くしましょう? ね?」
「黙れ、シスター。元はといえばお前が蒔いた種。今ここで何とかしなければ解決しない!」
「……そういうことらしいんだわ。悪いね、ミーシャさん」
そして。
そして。
そして、だ。
刹那――一つの衝突が起きた。
※
錬金術は、魔術の一学問である。
よって、魔術の方が使える学問も多いし、元を正せば同じシステムであることが容易に想像出来る、というものである。
そして。
錬金術師はかつて起きた『大災厄』、その主犯格であるリュージュが錬金術を使っていたということを理由に己の職を破棄した。
破棄した結果――魔術師に転職する者も居た。破棄せずに隠れて錬金術を研究し続ける者も居た。しかし、それは間違いである。魔術がデファクトスタンダードになった現在、錬金術の研究は禁忌として数えられるようになり、錬金術の存在を認めないハイダルク政府による弾圧が繰り広げられることとなったのだ。
実際、統一戦乱だってそうだ。ハイダルクで魔術派と錬金術派に別れた結果発生した、世界最悪の戦争。その戦争を止めることが出来たのなら、きっと魔術は錬金術を弾圧などしなかっただろう。
そして。
魔術師が現在のデファクトスタンダードになったとしても、それを弾圧される可能性があったとしても、自らの意思に沿って錬金術を研究し続ける人間は多い。
錬金術師は魔術師に叶うはずがない。
それが一番の理由だと言えるだろう。
しかしながら――それは大いなる間違いだ。
錬金術の知識が更新されていない魔術師にとって、錬金術師と戦うことはもっとも苦手な相手だと言えるだろう。