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2.闇夜の錬金術師(1)

  • 2019/09/13 18:34

 ハイダルク国軍東方軍務部は、東の繁華街マスドライバーの中心地に設置されている。代表はアレス・フィールドクラウ。その下には素晴らしい部下がついており、彼も信頼を置いている人間ばかりが揃えられている。
 言うならば、そこに入る状況はない。
 言ってしまえば、そこに入る余地はない。
 にもかかわらず、東方軍務部への異動希望が多いのは、マスドライバーが良い街だという由縁からだろう。

「……錬金術師が現れる?」

 その東方軍務部の部長室。
 広いソファを使っているアヤトは、コーヒーを飲みながらアレスの話を聞いていた。

「ああ。聞いたことはないか、流石に」
「……聞いたことはないね。第一、錬金術はもう滅んだ学問だろう? かつての大犯罪者、ホープキン一族が使っていた学問として有名じゃないか」

 ラドーム学院――魔術学校の最高機関として設置されている、ハイダルクの学術機関だ――でもそれは有名であり、既にラドーム学院から錬金術のクラスは消滅している。かつては存在していたらしいのだが。

「そのはずだった。そう、そうあるはずだったんだ。けれど、問題が起きた。何だと思う?」
「何だよ、勿体ぶりやがって。通り魔でも起きたか?」
「ザッツライト。その通りだ。……最近、マスドライバーで通り魔で発生してね。それを何とかしなくてはならないと我々が出動する羽目になったのだが……」
「そこで錬金術の可能性が浮上した、と? いったいどういう可能性だったんだ?」
「簡単に言えば、物質の分解の証拠が見つかった」
「分解……?」
「君だって知っているだろう。錬金術の三つの原理、分解、理解、再構築だ。魔術は……ええと、何だったかな」
「解析、構成、分解」
「そう。その三つだ」
「ったく、忘れんじゃねえの。あんただって立派な国家魔術師だろうが」
「……軍の仕事が忙しいと、そうふと忘れてしまうことがあるのだよ。それに、この力はもう出来ることなら使いたくない。そう思っているのだがね」
「焔の魔術師、アレス・フィールドクラウ」
「はは。その名前で呼ばれるのも久しぶりだ」
「知らない人間が居るとでも思っているのか? あんたは何せ十年前の統一戦乱の英雄じゃないか、あんたは」
「……そう思っているなら、少しは敬意を持って話して貰いたいものだね」
「何で? あんたのことは敬意を持って話をしているぞ、僕は」
「まあ、そう言われてしまえばそれまでなのだけれど。……話を戻しても?」
「構わないよ」

 コーヒーを再び啜るアヤト。
 アヤトの返答を聞いて、咳払いを一つするアレス。

「簡単に言えば、錬金術師が居る可能性は非常に高い。しかしながら、このマスドライバーには難民キャンプもあることだし、治安が決して良いとは言えないのだよ。……しかしながら、中央から、或いは初任の場所はここを選ぶ若者が多いがね」
「レガドールと戦いを続けている南方軍務部は勿論、雪山の中に位置している北方軍務部、そしてトライヤムチェン族との関わりが面倒な西方軍務部のことを考えたら、ここが一番だと思いますが。大佐」
「まあ、ここは住みやすい気候だからね。分からないでもないのだが……。問題はその難民キャンプだ。そこに錬金術師が潜んでいる可能性が高い」
「確率は?」
「うん?」
「確率は何パーセントだ、って聞いているんだ」
「大体五割、と言ったところかな。半々だよ、はっきり言ってね」
「……だったら軍を動かせない、という訳か」
「そういうこと。そこで質問なのだが……」
「僕を使いたい、と言いたい訳か?」
「ザッツライト。その通りさ」
「……その言い回し、流行っているのか?」
「何で?」
「いや、気になっただけだけれど……。ところで、確率は五割って言ったよな。仮に僕が出向いた場合、何も見つからなかった場合、どう対処するんだ? まさか『我関せず』なんて言わないだろうな?」
「いやあ、そのときはそれなりに対処するつもりだよ。勿論、私個人の力でね」
「……大佐。やり過ぎにはご注意ください」
「あはは、分かっているよ。やり過ぎには注意する。それぐらいは私だってきちんとしているつもりだ」
「……ほんとうに?」
「そう言われるとちょっと不安になってくるな」
「なるな、なるな! 揺らぐんじゃねえよ!」

 閑話休題。

「とにかく、その難民キャンプに向かえば良いんだな? ええと、錬金術師を捕まえるために」

 立ち上がるアヤト。
 それを見たアレスはアヤトに声をかける。

「アヤト。……決して無理だけはするなよ」
「それ、あんたが言う台詞?」
「私が言う台詞で間違いないと思うのだが……」
「分かった。分かったよ。とにかく無茶だけはしない」

 そう言って。
 アヤトは部長室を出て行くのだった。

「……ほんとうに彼一人に任せて良いのですか?」
「心配かね、ヒカリくん」
「そういう訳で言ったつもりは……」
「ははは。彼ももう十五歳だ。立派な大人……とまでは言えないが、まともに働いているようで何より。五年前……彼が国家魔術師の称号を手に入れたいとここに直談判しに来た時のこと、覚えているかい?」
「勿論。忘れるはずがありません」
「何故国家魔術師を目指すのか、ということについて彼ははっきりとこう言った」
「……『弟を取り戻したい』……と」

 アレスの言葉に付け足すように、ヒカリは言った。

「だが、実際にそんなことは可能なのか? 魔術で出来る範囲なのか? と思う訳だよ。私からしてみれば。人間の意思というものは凄まじい力を、時に発することがあるという。しかしながら、それが実際に叶うだろうか。そう考えていた時もあったのだよ。そして、私はその試験を受けさせて良いものか、そう考えた時もあった」
「そうでしたね。大佐が直々に彼の親に連絡したのでした」
「そう。そしてその結果は……彼の親は既に死んでいた、ということ。言ってしまえば、天涯孤独の身だった、ということ。まあ、幼馴染とその母親が居たから実際にはそうではないのかもしれないがね」
「……後悔されていますか?」
「何が?」
「彼を、国家魔術師に導いて」
「何を後悔しているというのかね?」

 アレスは窓から外の景色を眺める。

「彼には彼の人生がある。どう歩もうと、それは彼が決める道だよ。……さて、我々にはやるべきことが残っている。そうだったな、ヒカリくん」
「ええ。『彼女』も目を覚ました頃合いだと思います。少し話をしてみましょう」

 そう言って。
 二人も部屋を出て行くのだった。

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