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2.闇夜の錬金術師(4)

  • 2019/09/15 21:08

 壁から手が生まれる。それは表現上の問題ではなく、言葉の通りだ。要するに、錬金術を使い壁から手の形をした壁を隆起させているのだ。

「あいつ……、良く見たら錬金術の魔方陣を手に書き込んでいる……!?」

 一方、アヤトも空気を圧縮させて、壁を作り出す。それにより隆起した壁は壊れ、藻屑へと化していく。

「……国家魔術師か、貴様」
「だとしたら、どうする?」

 アヤトの言葉を聞いて、笑みを浮かべるミルシュタインの民の男。

「……あの戦いには」
「?」
「国家魔術師が多く動員された。東ハイダルクも錬金術師が多く動員された。多くの罪なき人々が殺された。何故だ? 何故彼らは殺されなくてはならなかった!! そして、今もなお、苦しんでいる人々を守ろうとしないのは何故だ!」
「それは……!」

 言えなかった。
 ハイダルクも国として豊かな部類に入る訳ではない。況してや、ハイダルク以下のスノーフォグやレガドールに至るとさらに貧富の差は拡大することだろう。
 つまりこの世界において一番貧富の差が激しくない場所が、ハイダルクなのだ。
 そのハイダルクですら、貧しいミルシュタインの民を全て助けることが出来ない。
 それどころか、東ハイダルクの残党として取り扱い、不当な扱いを受ける人間も居るのだ。
 それについては――アヤトも何も言えない。
 アヤトはずっと旅をしてきて、この世界の仕組みについても学んできたつもりだ。
 しかしながら、ハイダルクの歴史について国家魔術師という称号が、素晴らしいものばかりでないということも理解しているつもりだった。
 だが。
 アヤトは統一戦乱に関わっていない。寧ろ、統一戦乱で家族や住む場所に被害を受けた人間の一人である。そんな彼だが、今はミルシュタインの民である彼に何かを言うことは出来なかった。何かを言うことなど、出来やしなかったのだ。

「……どうした。何も言わないつもりか、国家魔術師よ」
「……アヤト・リストクライム」
「…………は?」
「僕には、アヤト・リストクライムという立派な名前があるんだ……よっ!」

 刹那――アヤトの眼前に水の塊が出現する。
 しかし、塊と言ってもその規模はとても小さなものだ。
 理由は――言わずもがな。空気にある水分を代償に生み出したからだ。もともと乾燥している場所で、水分を生み出すことこそが難しかったのだから。

「簡単に出来ると思っているのか……!? その水分で何が出来ると思っている!?」
「分からないだろうが! 未だ……未だ、僕は諦めちゃいねえよ!」
「諦めろ、アヤト・リストクライム」

 壁に手を当てると、再度うねうねと蛇のように動き出す壁のような物体。
 それは手の形をしていた。

「……分からねえだろ、未だこれぐらいじゃ諦めねえんだよ!」

 水を叩くと、アヤトの周囲が爆発に包まれた。

「ぐっ……!」

 水蒸気が辺り一面を覆い尽くす。
(正直ここから逃げるしか道がないか……。ミルシュタインの民の男め、またいつか会う時は絶対に倒す!)
「逃げるつもりか、国家魔術師!」

 ミルシュタインの民の男は、教会一面に聞こえるように大声でそう言った。

「俺の名前はコフィンだ。覚えておけ、いつかお前を倒す時が来るだろう、と!」
(覚えておくぜ、コフィン……)

 そして、アヤトは水蒸気に隠れるように、外に出て行った。


   ※


「……で、むざむざと逃げ切ってきた、という訳か」
「何だよ。情報を手に入れてきただけ充分だろ?」

 アヤトは再び東方軍務部の部長室に来ていた。

「相手の名前はコフィン、か。ミルシュタインの民であることも分かっている、と。……そして、マスドライバーの難民キャンプに足を運んでいることも分かった。……まあ、充分過ぎる働きではあるかな」
「だろう?」
「だからって調子に乗るな、アヤト・リストクライム」
「別に調子に乗っているつもりはないって……」
「でもまあ、無事で良かったじゃないですか。はい、コーヒー」
「ヒカリさんはいつも優しいなあ……」
「ヒカリ。優しくし過ぎじゃないかね。少しは彼に厳しさを教えてあげないと……」
「あら。それはあなたの役割ではないですか?」
「そういうものかね……」
「そういうものです」

 はっきりと言われてしまい、何も言えなくなるアレス。
 咳払いを一つして、話を元に戻した。

「とにかく! その錬金術師について、我々が何とかしなくてはならない。……のだが、一つ問題が出てきてね」
「問題?」

 アヤトの問いにアレスは頷く。

「君は、魔法書図書館……『Grimoire Bibliotheque 666』のことは覚えているかい?」

 その言葉にアヤトは頷く。

「ああ、覚えているよ。あの魔術師……フェルト・アールカンバーが監禁していた存在だろ? 何でも完全記憶能力とやらを持っていて様々な魔法書を記憶しているとか自称しているようだが……」
「その魔法書図書館だが、軍で預かるには色々と不都合があってね」
「何で?」
「……軍が無闇矢鱈にそのようなものを手に入れてはいけないのだよ。特に内外的に公表出来ない。何故かは言わずもがな、だろう? レガドールにスノーフォグ、そしてハイダルク……、今は平和な時代なのだよ。その平和な時代において、様々な魔法書を保管している魔法書図書館を軍が所有していることがバレたらどうなると思う?」
「……まあ、九割九分戦争に使われると思うだろうな」
「だろう?」

 アレスの言葉にアヤトは首を傾げる。

「でも、それなら僕が所有するのもどうかと思うが? 個人の魔術師が魔法書図書館を所有していると分かったら、テロリスト扱いされやしないか?」
「それはされないように何とかしよう。……というか、言う前にその話に持って行ってくれたのは、ほんとうに有難いことだよ、アヤト・リストクライム」
「……軍で所有出来ない、と言ったら僕に託すと言うしかないだろ?」
「……確かに、な」

 アレスは立ち上がり、窓から空を眺める。

「この平和な時代を……守り抜きたいのだよ、我々は」
「……分かった、分かったよ。僕が彼女を引き取ろう」
「お願いして貰えるか」
「ただし、今回の錬金術師の事件が落ち着いてから、だ。それまでは軍に所有して貰う。良いな?」
「分かった。……そう言われては仕方がないな。彼女の場所に案内しよう」

 そして、アレス達は部長室を後にして、魔法書図書館が居る救護室へと向かうことになるのだった。

 

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