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1.最果ての街エーヴィルタウン(2)

  • 2019/09/07 19:48

 知恵の木の実。
 記憶をエネルギーに変換した――いわゆる、記憶エネルギーによって生み出された代物であり、それを生み出すためには『知恵の木』と呼ばれるものが必要であると言われている、伝説上の代物だ。

「まさか、本物を目の当たりにすることが出来るなんて……」
「これを使えば、どんな魔術だって出来ます。それこそ、代償なしでね」
「……そんなことが」

 本当に出来るのか?
 彼は疑心暗鬼に陥った。

「そう。例えば……この水を」

 ぽちゃり、と。
 水の中に躊躇なく指を突っ込んだ。
 そして、その指で円を描く。
 魔術において、円は重要なファクターの役割を担っている。
 そして、術式。
 術式は、術者の中に存在している。だから、術式を描いた後は手を当てるだけで良い。
 それだけで――、コップの中にあった水は凍ってしまった。

「……これだけなら、ただの魔術の行使だぞ」
「分かっていますよ。これからが問題なのです」

 氷はそのままコップを出て行って、何かを描き出す。

「ほう……成程」

 そして、氷はそのまま犬の氷像となった。

「……どうです? 記憶エネルギーを代償として、このようなものを作り出すことが出来ます」
「これは、錬金術に近いのでは?」
「どうですかな。元は、錬金術も魔術も、ただの一人から生み出されたものだと言われています。それを考えれば、そういう結論に至るのも当然と呼べるのではないでしょうか」
「そうでしょうね……」

 そして、二人の食事はそのまま盛り上がることもなく終わりを迎えていった。

 

   ※

 

 食事を終え、フェルトが用意してくれた寝床に入るアヤトは、一人考え事をしていた。
 というのも、フェルトが悪いことをしているのではないか、という予想をしていたためだ。
 そしてもう一つは、知恵の木の実を持っているのではないか、という可能性があったからだ。
 そして、その可能性は、正しかった。

「知恵の木の実……」

 それを何とかして奪えないだろうか――と彼は考えていた。
 しかしながら、それは難しいだろう、とも考えていた。
 やはりというか何というか、知恵の木の実に関する対策は大きい。
 知恵の木の実を手に入れるには、それなりの代償が必要だろうと考えていたのだ。
 知恵の木の実。
 地球の記憶エネルギーを蓄えた、伝説上の代物。
 それを使うことが出来るとすれば――彼の願いも叶えることが出来るのかもしれない。
 もはや魔術の類いではなく、失われた術式、錬金術に近しい問題。
 それは――。

「カール……、未だ時間はかかりそうだ……」

 

 ――五年前亡くなってしまった弟、カールを蘇らせること。

 

1.最果ての街エーヴィルタウン(1)

  • 2019/09/07 19:06

 ハイダルク最果ての街エーヴィルタウンは、四方を山と海に囲まれた小さな街である。東の海を渡れば、かつて科学力で大国と謳われたスノーフォグに向かうことが出来るが、この街に港の機能は存在せず、船があると言っても、その船は漁船だらけであり、スノーフォグへ渡航出来る程の規模ではない。

「……分かっているよ。だから、俺は今忙しいんだって」

 駅の電話ボックスにて、誰かが電話をかけている。
 黒髪の少年は、電話ボックスの壁に寄りかかりながら、誰かの話を聞いているようだった。

「ああ、分かっているよ。だから、今度帰るよ、エルファスに。……ああ、分かっている。おばさんにもよろしく伝えてくれ。じゃあな」

 電話を切り、深く溜息を吐く少年。
 アヤト・リストクライム。
 ハイダルクの国家魔術師である彼は、今旅をしていた。
 何のために?
 そう言われて、彼は即座に答えることはしないだろう。或いは、はぐらかして答えるかもしれない。
 いずれにせよ。
 彼の『旅の目的』は普通の人間に開示するようなものではなかったのだ。

「……奇跡を見せる力、ねえ」

 彼は壁に貼られている紙を見ながら、そう言うのだった。

 

   ※

 

「いやあ、まさか国家魔術師であるあなたがここにいらっしゃるとは、思いもしませんでしたよ」

 国家魔術師、フェルト・アールカンバー。
 奇跡を見せる魔術師と呼ばれている彼は、このエーヴィルタウンの領主だった。

「魔術というのは素晴らしいものですよねえ。様々な英知の上に存在しているその学問は、完全にして完璧。まさにこの世の中に蔓延るには相応しい学問だとは思いませんか?」
「……ああ、そうだな。確かに魔術は完璧な学問だ」
「四大元素の上に成り立っている魔術は、かつて存在した錬金術や召喚術とは異なる学問。その魔術を使うことが出来る魔術師の中で上位である国家魔術師に立っている我々はほんとうに選ばれた存在ですねえ」
「……ああ」

 フェルトとアヤトは食事をしていた。
 アヤトがアポイントメントを取り、フェルトがそれに応じた形だ。
 国家魔術師同士の話し合いともなれば、ただの話し合いで済まないのが現状である。
 ハイダルク国に認められた魔術師――国家魔術師である彼らは、その地位を思うがままにすることが出来る。例えば、その力を利用して金銀財宝を集めることだって出来る。逆に、その力を使わずに山奥に引きこもっている魔術師だって居る。

「……ところで、噂に聞いたんですが」

 アヤトは、ある段階に踏み込んで話を続ける。

「何ですか?」
「奇跡を見せるとは、どういうことでしょうか?」
「……あなたもあの広告を見たのですか」
「ああ。見ましたよ。……で、本当なんですか? 奇跡を見せるというのは」
「ええ、例えば」

 フェルトはポケットからあるものを取り出した。
 それは小瓶だった。小瓶の中には、何かの切れ端のようなものが入っていた。

「これを使うことになりますが、宜しいですかな?」
「それは……まさか、」
「知恵の木の実」

 彼は、ゆっくりとその単語を口にした。

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