2.闇夜の錬金術師(2)
- 2019/09/14 20:44
難民キャンプ。
一言で言えばそれで解決してしまうのだが、簡単に解決してはならない問題だってある。
一つに、十年前に起きた統一戦乱。今は一つの国家となっているハイダルクだが、これが東西に分かれたことがあった。そして、お互いにお互いの主張を行った彼らは――戦争を行った。
魔術師が大量に動員されたその戦争は、西ハイダルクが勝利を収めた。東ハイダルクは解散し、西ハイダルクに編入され、改めてハイダルクは一つに統一されることになったのだ。
そして。
かつて東ハイダルクと呼ばれた地域に住んでいた人間を、こう呼ぶ。
ミルシュタインの民、と。
※
「しかしまあ……何つーか、目立つなこの格好じゃ」
難民キャンプの前にやって来たアヤトは、その格好を見て一人途方に暮れていた。
彼のトレードマークと言っても良い、黒いシャツに赤いズボンは目立ちすぎる。
だったら、何かもっと良い方法はないか――なんてことを考えていたのだが。
「……よし、こうしよう」
そう言うと、彼はそそくさと移動し、裏道に入った。
誰も入ってこないことを確認すると、彼はズボンとシャツを脱ぎ、パンツ一丁になった。
それを鞄に仕舞い込むと、丁寧に隠し始める。そして、近くにあった布を手に取ると、地面に円を描き始める。
「えーと、この場合の魔術は……こうだったかな」
ああだこうだ言いながら何かを描き終えると、その上に布を置いた。
そして、彼は両手を翳し、地面に置く。
刹那、地面がバチバチと弾けだし――正確には地面ではなく、布なのだが――、ゆっくりとその姿を変貌させていく。
そうして出来上がったのは、ボロ布にも似たローブだった。
「これで良し。……これなら難民に気づかれることはないだろうよ」
鞄を再度取り出すと、それを手提げ鞄のような形にして、再び難民キャンプへと向かっていく。
これからは情報戦。
如何にしてその錬金術師の情報を手に入れるか――彼は考えるだけで頭がいっぱいになるのだった。
難民キャンプに入ると、その風貌は一層厳しさを増していった。
配膳が行われている配給、お腹を空かせた子ども達、そしてガンを飛ばしてくる人達――。
「おい、お前、どうしてここに居るんだ?」
そのうちの一人が、アヤトに声をかけてきた。
(難民キャンプで問題は起こしたくはないのだが……)
「いや、ここにキャンプがあると聞いてやって来たんだ。駄目だったか?」
「駄目に決まっているだろ、お前はハイダルク人だ! ハイダルク人にキャンプを闊歩されてたまるか!」
「でもあそこで配給をしている人達もハイダルク人……言ってしまえば軍人だぜ? どうして僕は断られなくてはいけないんだ」
「いけないも何もそういうやり方なんだよ! 良いからつべこべ言わずここから出て行けよ」
「辞めなさい、喧嘩をするのは」
声がした。
そこに立っていたのは、シスターだった。
シスターはアヤトの方を向くと、一礼する。
「ごめんなさい。彼、気が立っているようだったの。だから、許してね?」
「あ、ああ。別に怒っていないから問題ないけれど……」
「そうだ! あなた、困っているなら、私の教会に来たらどうかしら?」
「教会?」
「そう。教会があるの。この難民キャンプを取り纏めている形になるのかしらね。そこに向かえば、きっといろんな情報が手に入るでしょうから。どう?」
情報が手に入るという言葉を聞いて、少し考えるアヤト。
そして、アヤトはそのシスターの言葉に頷く。
「良かった。少しだけれど、食べ物も出るから。だから、安心してこっちに来てね?」
「ああ、それについても有難く受け取ることにするよ」
そう言って。
一先ず、シスターに付いていって教会へと向かうことにするのだった。
教会は難民キャンプの中心に設置されていた。古くからある教会のようで、言い方にもよるかもしれないが、簡単に言えば寂れていた。
「寂れているな……」
「えへへ、これでも綺麗にしているつもりなんですけれどね?」
シスターは奥にある椅子を持ってきて、座った。
アヤトは長椅子の一つに腰掛けると、シスターに質問を開始する。
「……ここには誰も居ないのか?」
「夜になったら戻ってくるわよ。昼間は仕事をしているか、それともふらついているだけか……。いずれにせよ、ここにずっと居ることは私が禁止しているの。ほら、掃除とか出来ないし!」
「……成程」
「ところで、あなた名前は何て言うの?」
「……アヤト・リストクライムだ」
国家魔術師として有名ではないアヤトは、名前を言っても特に問題ないだろうと思った。
だからアヤトは本名をそのまま口にした。
シスターはうんうんと頷くと、
「立派な名前があるのね! 私はミーシャ・アルファグループ。気軽にミーシャと呼んでも良いのよ?」
「……それじゃ、ミーシャ。いくつか質問したいことがあるんだが、良いか?」
「良いわよ」
「……ここに、ミルシュタインの民はどれくらい居る?」
「ミルシュタインの民? ……うーん、ちゃんと数えたことはないけれど、ざっと百人ぐらい。それがどうかしたの? もしかして気になった?」
「気になったという訳じゃないけれど……。いや、うん、そうだな。少し気になった」
「安心して。ミルシュタインの民以外にもこの難民キャンプは受け入れているから。ただ、ちょっと未だに十年前の統一戦乱を覚えている人が居るからハイダルク人に嫌悪感を抱いている人が居るのは間違いないけれど……。私も受け入れてくれるのにちょっとだけ時間かかったの」
「ちょっとだけ……ねえ」
「まあ、大丈夫よ。安心して。別段、困ることはないはずだから。きっと」
それなら安心した――そう思いながらアヤトは二つ目の質問に移った。