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2.闇夜の錬金術師(5)

  • 2019/09/16 22:42

 救護室。そのベッドの一つを占有しているのは、白いローブに身を包んだシスターめいた格好をした少女だった。
 少女はテーブルの上に置かれている食事を取っていた。その様子からして体調はある程度回復してきたように見える。

「……元気そうで何よりだよ、ええと」
「ビブリオテーク。そう呼んで欲しいって言ったのに忘れたのかな?」
「……ああ、そうだった。そうだった気がするよ。不味いなあ、最近は物忘れが何とも激しいような気がする。何故だろうね?」
「知らねえよ。ってか、軍で管理している『超重要機密』ぐらいちゃんと記憶しておけ」

 ビブリオテークは笑みを浮かべて、

「ええと、今日はいったいどういう話にやって来たのでしょうか?」
「……単刀直入に言おう。これ以上、君を軍で預かることは出来ない」
「おい! それっていきなり過ぎやしないか! もっと何か段取りを踏んで話をするとか……」
「しかし、決まりきっていることを先延ばしにするというのも悪い話ではないかね?」
「それは……」

 そうかもしれない。確かにその通りなのかもしれない、のだが。
 言うタイミングというものがあるだろう、とアヤトは考えていた。
 ビブリオテークは慌てる様子を見せることなく、アレスの顔を眺めて、

「……いつかそうなる時が来るだろう、というのは分かっていました。神に仕える者として、そういう時間が訪れることは仕方がないことだと分かっていました」
「そう言って貰えるとこちらの苦労が少なくて済む」
「……私はどうすれば良いのでしょうか? 一人、シスターが彷徨くというのもどうかと思いますけれど」
「そこについては、彼に任せるつもりだ」
「……アヤト・リストクライムだ。宜しく頼む」
「彼が担当している仕事が終わり次第、君の身柄を彼に引き渡すつもりだ。それからは、彼の指示に従って行動してくれ」
「……宜しくお願いします。ええと、私の名前は」
「ビブリオテーク。そう呼べば良いのだろう?」
「ええ、そうです。宜しくお願いします」

 そうして。
 二人は固い握手を交わすのだった。


   ※


「……どうだった? 彼女の様子を見て」
「見た感じはただの少女、といった様子だったが」

 アヤトとアレス、それにヒカリは廊下を歩いていた。
 向かう場所は部長室だ。これからコフィン――ミルシュタインの民の錬金術師をどう対処していくべきか、ということについて考えねばならないのだった。

「だろう? しかし、彼女はただの少女ではないのだ。魔法書が――」
「聞いた。魔法書が脳内に大量に保管されている、のだろう。しかし、俄には信じがたいことだがな。魔法書というのは、既にこの世界から紛失したものではなかったのか?」
「魔法というのはあくまでも魔術の一分野だ。それに今でも魔法を使っている魔法師は居る。だから別段変な話でもないと思うのだが? 魔術師と魔法師の違いなんて、それこそ見分けがつかないものと言えばそれまでだが」

 魔法。
 単刀直入に言えば、魔術を簡単にしたシステムのことで、魔術の中の一分野といった仕組みになっている。その魔法は、魔術にとっては難しいシステムであることから、あまり使っている人間――その人間のことを魔法師と呼ぶ――は居ない。
 魔法師が求めているのは、魔法書と呼ばれる書物だ。そこには魔法の様々な内容が書かれており、編纂されているのだという。ガラムドが自ら書いた魔法書も存在しており、そこには滅びの魔法と呼ばれる強力な魔法も書かれていた、と言われている。

「……その魔法書? を集めようとする人間は居るのか?」
「居るだろうな。どうしてフェルト・アールカンバーが魔法書図書館を所有していたのかは定かではないが……、魔術と魔法の融合でも考えていたのだろうか? 或いは、魔法の良いところを魔術に吸収しようとしていた、とか?」
「当の本人に聞けば良いじゃないか。殺してないんだし、未だ留置所に居るんだろ?」
「それが目を覚まさないのだよ……。よっぽど君に倒されたことがショックなのかもしれない」
「まさか!」
「いや、案外そうかもしれないよ……。君みたいに若い国家魔術師が居る訳でもない。それを考えれば、国家魔術師のプライドが傷つくことになるだろうよ。同じ国家魔術師同士の戦いであったにせよ」
「そんなものかねえ?」
「そんなものだ。……さて、部長室に着いたことだし、これからのことを話し合おうじゃないか。その錬金術師をどうするかも考えながら、これからのことを話し合おう」

 部長室に入ると、手前にあるソファに腰掛けるアヤト。
 対面したソファに腰掛けるアレス。ヒカリはコーヒーを淹れるために立ったまま、コーヒーマシンに向かっていた。

「さて、これからどうするかということについてだが……、先ず君の意見を問いたい。どうすれば良いと思う?」
「どうすれば良いか、と言われてもな……。やはり軍を動かした方が早いんじゃないか?」
「難民キャンプを軍で襲え、と? それこそ軍の威信に関わってしまう。私が首になってしまうよ」
「街の民が被害に遭っている以上、難民キャンプごと潰すことは問題じゃないんじゃないか?」
「そう言われてもねえ……」
「コーヒーが入りました」

 二人の目の前に、コーヒーを置くヒカリ。
 そしてアレスの隣に腰掛けると、ヒカリは声を上げた。

「一つ、提案があるのですが」

2.闇夜の錬金術師(4)

  • 2019/09/15 21:08

 壁から手が生まれる。それは表現上の問題ではなく、言葉の通りだ。要するに、錬金術を使い壁から手の形をした壁を隆起させているのだ。

「あいつ……、良く見たら錬金術の魔方陣を手に書き込んでいる……!?」

 一方、アヤトも空気を圧縮させて、壁を作り出す。それにより隆起した壁は壊れ、藻屑へと化していく。

「……国家魔術師か、貴様」
「だとしたら、どうする?」

 アヤトの言葉を聞いて、笑みを浮かべるミルシュタインの民の男。

「……あの戦いには」
「?」
「国家魔術師が多く動員された。東ハイダルクも錬金術師が多く動員された。多くの罪なき人々が殺された。何故だ? 何故彼らは殺されなくてはならなかった!! そして、今もなお、苦しんでいる人々を守ろうとしないのは何故だ!」
「それは……!」

 言えなかった。
 ハイダルクも国として豊かな部類に入る訳ではない。況してや、ハイダルク以下のスノーフォグやレガドールに至るとさらに貧富の差は拡大することだろう。
 つまりこの世界において一番貧富の差が激しくない場所が、ハイダルクなのだ。
 そのハイダルクですら、貧しいミルシュタインの民を全て助けることが出来ない。
 それどころか、東ハイダルクの残党として取り扱い、不当な扱いを受ける人間も居るのだ。
 それについては――アヤトも何も言えない。
 アヤトはずっと旅をしてきて、この世界の仕組みについても学んできたつもりだ。
 しかしながら、ハイダルクの歴史について国家魔術師という称号が、素晴らしいものばかりでないということも理解しているつもりだった。
 だが。
 アヤトは統一戦乱に関わっていない。寧ろ、統一戦乱で家族や住む場所に被害を受けた人間の一人である。そんな彼だが、今はミルシュタインの民である彼に何かを言うことは出来なかった。何かを言うことなど、出来やしなかったのだ。

「……どうした。何も言わないつもりか、国家魔術師よ」
「……アヤト・リストクライム」
「…………は?」
「僕には、アヤト・リストクライムという立派な名前があるんだ……よっ!」

 刹那――アヤトの眼前に水の塊が出現する。
 しかし、塊と言ってもその規模はとても小さなものだ。
 理由は――言わずもがな。空気にある水分を代償に生み出したからだ。もともと乾燥している場所で、水分を生み出すことこそが難しかったのだから。

「簡単に出来ると思っているのか……!? その水分で何が出来ると思っている!?」
「分からないだろうが! 未だ……未だ、僕は諦めちゃいねえよ!」
「諦めろ、アヤト・リストクライム」

 壁に手を当てると、再度うねうねと蛇のように動き出す壁のような物体。
 それは手の形をしていた。

「……分からねえだろ、未だこれぐらいじゃ諦めねえんだよ!」

 水を叩くと、アヤトの周囲が爆発に包まれた。

「ぐっ……!」

 水蒸気が辺り一面を覆い尽くす。
(正直ここから逃げるしか道がないか……。ミルシュタインの民の男め、またいつか会う時は絶対に倒す!)
「逃げるつもりか、国家魔術師!」

 ミルシュタインの民の男は、教会一面に聞こえるように大声でそう言った。

「俺の名前はコフィンだ。覚えておけ、いつかお前を倒す時が来るだろう、と!」
(覚えておくぜ、コフィン……)

 そして、アヤトは水蒸気に隠れるように、外に出て行った。


   ※


「……で、むざむざと逃げ切ってきた、という訳か」
「何だよ。情報を手に入れてきただけ充分だろ?」

 アヤトは再び東方軍務部の部長室に来ていた。

「相手の名前はコフィン、か。ミルシュタインの民であることも分かっている、と。……そして、マスドライバーの難民キャンプに足を運んでいることも分かった。……まあ、充分過ぎる働きではあるかな」
「だろう?」
「だからって調子に乗るな、アヤト・リストクライム」
「別に調子に乗っているつもりはないって……」
「でもまあ、無事で良かったじゃないですか。はい、コーヒー」
「ヒカリさんはいつも優しいなあ……」
「ヒカリ。優しくし過ぎじゃないかね。少しは彼に厳しさを教えてあげないと……」
「あら。それはあなたの役割ではないですか?」
「そういうものかね……」
「そういうものです」

 はっきりと言われてしまい、何も言えなくなるアレス。
 咳払いを一つして、話を元に戻した。

「とにかく! その錬金術師について、我々が何とかしなくてはならない。……のだが、一つ問題が出てきてね」
「問題?」

 アヤトの問いにアレスは頷く。

「君は、魔法書図書館……『Grimoire Bibliotheque 666』のことは覚えているかい?」

 その言葉にアヤトは頷く。

「ああ、覚えているよ。あの魔術師……フェルト・アールカンバーが監禁していた存在だろ? 何でも完全記憶能力とやらを持っていて様々な魔法書を記憶しているとか自称しているようだが……」
「その魔法書図書館だが、軍で預かるには色々と不都合があってね」
「何で?」
「……軍が無闇矢鱈にそのようなものを手に入れてはいけないのだよ。特に内外的に公表出来ない。何故かは言わずもがな、だろう? レガドールにスノーフォグ、そしてハイダルク……、今は平和な時代なのだよ。その平和な時代において、様々な魔法書を保管している魔法書図書館を軍が所有していることがバレたらどうなると思う?」
「……まあ、九割九分戦争に使われると思うだろうな」
「だろう?」

 アレスの言葉にアヤトは首を傾げる。

「でも、それなら僕が所有するのもどうかと思うが? 個人の魔術師が魔法書図書館を所有していると分かったら、テロリスト扱いされやしないか?」
「それはされないように何とかしよう。……というか、言う前にその話に持って行ってくれたのは、ほんとうに有難いことだよ、アヤト・リストクライム」
「……軍で所有出来ない、と言ったら僕に託すと言うしかないだろ?」
「……確かに、な」

 アレスは立ち上がり、窓から空を眺める。

「この平和な時代を……守り抜きたいのだよ、我々は」
「……分かった、分かったよ。僕が彼女を引き取ろう」
「お願いして貰えるか」
「ただし、今回の錬金術師の事件が落ち着いてから、だ。それまでは軍に所有して貰う。良いな?」
「分かった。……そう言われては仕方がないな。彼女の場所に案内しよう」

 そして、アレス達は部長室を後にして、魔法書図書館が居る救護室へと向かうことになるのだった。

 

2.闇夜の錬金術師(3)

  • 2019/09/15 12:52

「それじゃ、二つ目」
「二つ目?」
「この難民キャンプに錬金術師は居る?」
「……どうしてその質問を投げかけたの?」

 ミーシャの言葉に、アヤトは事前に用意しておいた答えを言う。

「少し気になっただけだよ。噂にもなっているし。錬金術師が居るっていう噂」
「……そんな噂が立っているのね。彼には出来ることならあまり悪目立ちして欲しくないと思っていたのに……」
「じゃあ、居るということか?」

 彼女は深々と溜息を吐いた後、やがて小さく頷いた。

「ええ。ここに錬金術師が居るのは間違いない事実よ。彼は殆どここに立ち寄ることはないけれど……、それでも彼はここを故郷だと思ってくれている、と思う。でも、彼の中では未だミルシュタインの場所が残っているのではないかな……。まあ、ミルシュタインの民なら全員が言えることなのだけれど」
「ミルシュタインの民……か」

 錬金術師は、ミルシュタインの民。
 それを聞いただけで充分過ぎる情報だった。

「……本人に会えないのなら、仕方がない。ここは一度立ち去るしかないだろうか……」
「え? 何か言った?」
「いや、何でも」
「少し待っていて! 今、ご飯を用意してあげるから! 食べ物が少ないからお粥しかないのだけれど……」
「ああ、それで構わない」

 ミーシャは立ち上がると、教会の奥へと姿を消していった。
 しばし、場に沈黙が生まれる。
 アヤトは教会の様子を眺めながら、これからのことについて考えていた。

(錬金術師と出会うことは出来なかったが……、ミルシュタインの民だという情報は掴めた。ならば、それを元にデータを照合させることが出来るのではないだろうか? しかし、問題としてはデータベースに居ない場合だ。錬金術師のデータベースなど今や軍以外には残っちゃいないだろうし、問題としては様々なパターンが挙げられるのだが……)
「……何だ。誰か居るのか?」

 声がした。
 それを聞いて、アヤトは立ち上がる。振り返ると、そこに立っているのは褐色の肌をした男だった。
 ミルシュタインの民の特徴とも言えるその褐色の肌、そして様々な戦場を掻い潜ってきたような風貌。

「……誰だ? 新しい人間か? ハイダルク人をあまり連れてくるなと言っておいたはずだが……」
「お前……錬金術師か?」

 ぴくり、と眉を動かす。

「何故、それを知っている? まさかあのシスターが話したのか? ……仮にそうだとして、どうして錬金術師に興味を持つ? ただの人間ではないように思えるが」
「……さあな。僕はただの人間だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 か、どうかは別として。
 今、ここでこの錬金術師と対決をして良いものか――ということについて考えねばならない。
 現に倒すことが出来たとしよう。そうなれば、次に立ち向かうべきは難民キャンプの人々だ。難民キャンプの人々には罪などない。そう考えれば、アヤトが簡単にその腕をふるうことが出来ないのも分かることだろう。

「……何しているの?」

 振り返る。そこに立っていたのはミーシャだった。お盆の上には、お皿が一枚乗っていて、そのお皿の中からは湯気が立っている。どうやらお粥を温めておいたらしい。

「……シスター。お前、俺のことを話したな?」
「べ、別に悪い話じゃないでしょう!? だって、あなたに友達が出来たのかな、と思って……」
「俺に友など要らぬ」

 男は言った。
 そして、一歩、アヤトの前に近づいていく。

「答えろ、どうして錬金術師に興味を持つ? もしや、お前……国の人間か?」
「ハイダルクに住まう人間は、誰だってハイダルクの人間だよ。そういう意味で言っているのかい?」
「笑止!」

 ヴン、と風を切り裂く音がした。
 それだけだった。
 それだけだったのに。
 威圧感はより一層感じられた。
 相手の持つオーラ――に近い何かを感じることが出来た。

(こいつ……ただの錬金術師じゃない。何かドロドロとしたおぞましい何かを感じさせる……)
「ちょ、ちょっとストップ! 教会の中で喧嘩は駄目! 仲良くしましょう? ね?」
「黙れ、シスター。元はといえばお前が蒔いた種。今ここで何とかしなければ解決しない!」
「……そういうことらしいんだわ。悪いね、ミーシャさん」

 そして。
 そして。
 そして、だ。
 刹那――一つの衝突が起きた。


   ※


 錬金術は、魔術の一学問である。
 よって、魔術の方が使える学問も多いし、元を正せば同じシステムであることが容易に想像出来る、というものである。
 そして。
 錬金術師はかつて起きた『大災厄』、その主犯格であるリュージュが錬金術を使っていたということを理由に己の職を破棄した。
 破棄した結果――魔術師に転職する者も居た。破棄せずに隠れて錬金術を研究し続ける者も居た。しかし、それは間違いである。魔術がデファクトスタンダードになった現在、錬金術の研究は禁忌として数えられるようになり、錬金術の存在を認めないハイダルク政府による弾圧が繰り広げられることとなったのだ。
 実際、統一戦乱だってそうだ。ハイダルクで魔術派と錬金術派に別れた結果発生した、世界最悪の戦争。その戦争を止めることが出来たのなら、きっと魔術は錬金術を弾圧などしなかっただろう。
 そして。
 魔術師が現在のデファクトスタンダードになったとしても、それを弾圧される可能性があったとしても、自らの意思に沿って錬金術を研究し続ける人間は多い。
 錬金術師は魔術師に叶うはずがない。
 それが一番の理由だと言えるだろう。
 しかしながら――それは大いなる間違いだ。
 錬金術の知識が更新されていない魔術師にとって、錬金術師と戦うことはもっとも苦手な相手だと言えるだろう。
 

2.闇夜の錬金術師(2)

  • 2019/09/14 20:44

 難民キャンプ。
 一言で言えばそれで解決してしまうのだが、簡単に解決してはならない問題だってある。
 一つに、十年前に起きた統一戦乱。今は一つの国家となっているハイダルクだが、これが東西に分かれたことがあった。そして、お互いにお互いの主張を行った彼らは――戦争を行った。
 魔術師が大量に動員されたその戦争は、西ハイダルクが勝利を収めた。東ハイダルクは解散し、西ハイダルクに編入され、改めてハイダルクは一つに統一されることになったのだ。
 そして。
 かつて東ハイダルクと呼ばれた地域に住んでいた人間を、こう呼ぶ。
 ミルシュタインの民、と。


   ※


「しかしまあ……何つーか、目立つなこの格好じゃ」

 難民キャンプの前にやって来たアヤトは、その格好を見て一人途方に暮れていた。
 彼のトレードマークと言っても良い、黒いシャツに赤いズボンは目立ちすぎる。
 だったら、何かもっと良い方法はないか――なんてことを考えていたのだが。

「……よし、こうしよう」

 そう言うと、彼はそそくさと移動し、裏道に入った。
 誰も入ってこないことを確認すると、彼はズボンとシャツを脱ぎ、パンツ一丁になった。
 それを鞄に仕舞い込むと、丁寧に隠し始める。そして、近くにあった布を手に取ると、地面に円を描き始める。

「えーと、この場合の魔術は……こうだったかな」

 ああだこうだ言いながら何かを描き終えると、その上に布を置いた。
 そして、彼は両手を翳し、地面に置く。
 刹那、地面がバチバチと弾けだし――正確には地面ではなく、布なのだが――、ゆっくりとその姿を変貌させていく。
 そうして出来上がったのは、ボロ布にも似たローブだった。

「これで良し。……これなら難民に気づかれることはないだろうよ」

 鞄を再度取り出すと、それを手提げ鞄のような形にして、再び難民キャンプへと向かっていく。
 これからは情報戦。
 如何にしてその錬金術師の情報を手に入れるか――彼は考えるだけで頭がいっぱいになるのだった。
 難民キャンプに入ると、その風貌は一層厳しさを増していった。
 配膳が行われている配給、お腹を空かせた子ども達、そしてガンを飛ばしてくる人達――。

「おい、お前、どうしてここに居るんだ?」

 そのうちの一人が、アヤトに声をかけてきた。

(難民キャンプで問題は起こしたくはないのだが……)
「いや、ここにキャンプがあると聞いてやって来たんだ。駄目だったか?」
「駄目に決まっているだろ、お前はハイダルク人だ! ハイダルク人にキャンプを闊歩されてたまるか!」
「でもあそこで配給をしている人達もハイダルク人……言ってしまえば軍人だぜ? どうして僕は断られなくてはいけないんだ」
「いけないも何もそういうやり方なんだよ! 良いからつべこべ言わずここから出て行けよ」
「辞めなさい、喧嘩をするのは」

 声がした。
 そこに立っていたのは、シスターだった。
 シスターはアヤトの方を向くと、一礼する。

「ごめんなさい。彼、気が立っているようだったの。だから、許してね?」
「あ、ああ。別に怒っていないから問題ないけれど……」
「そうだ! あなた、困っているなら、私の教会に来たらどうかしら?」
「教会?」
「そう。教会があるの。この難民キャンプを取り纏めている形になるのかしらね。そこに向かえば、きっといろんな情報が手に入るでしょうから。どう?」

 情報が手に入るという言葉を聞いて、少し考えるアヤト。
 そして、アヤトはそのシスターの言葉に頷く。

「良かった。少しだけれど、食べ物も出るから。だから、安心してこっちに来てね?」
「ああ、それについても有難く受け取ることにするよ」

 そう言って。
 一先ず、シスターに付いていって教会へと向かうことにするのだった。
 教会は難民キャンプの中心に設置されていた。古くからある教会のようで、言い方にもよるかもしれないが、簡単に言えば寂れていた。

「寂れているな……」
「えへへ、これでも綺麗にしているつもりなんですけれどね?」

 シスターは奥にある椅子を持ってきて、座った。
 アヤトは長椅子の一つに腰掛けると、シスターに質問を開始する。

「……ここには誰も居ないのか?」
「夜になったら戻ってくるわよ。昼間は仕事をしているか、それともふらついているだけか……。いずれにせよ、ここにずっと居ることは私が禁止しているの。ほら、掃除とか出来ないし!」
「……成程」
「ところで、あなた名前は何て言うの?」
「……アヤト・リストクライムだ」

 国家魔術師として有名ではないアヤトは、名前を言っても特に問題ないだろうと思った。
 だからアヤトは本名をそのまま口にした。
 シスターはうんうんと頷くと、

「立派な名前があるのね! 私はミーシャ・アルファグループ。気軽にミーシャと呼んでも良いのよ?」
「……それじゃ、ミーシャ。いくつか質問したいことがあるんだが、良いか?」
「良いわよ」
「……ここに、ミルシュタインの民はどれくらい居る?」
「ミルシュタインの民? ……うーん、ちゃんと数えたことはないけれど、ざっと百人ぐらい。それがどうかしたの? もしかして気になった?」
「気になったという訳じゃないけれど……。いや、うん、そうだな。少し気になった」
「安心して。ミルシュタインの民以外にもこの難民キャンプは受け入れているから。ただ、ちょっと未だに十年前の統一戦乱を覚えている人が居るからハイダルク人に嫌悪感を抱いている人が居るのは間違いないけれど……。私も受け入れてくれるのにちょっとだけ時間かかったの」
「ちょっとだけ……ねえ」
「まあ、大丈夫よ。安心して。別段、困ることはないはずだから。きっと」

 それなら安心した――そう思いながらアヤトは二つ目の質問に移った。

2.闇夜の錬金術師(1)

  • 2019/09/13 18:34

 ハイダルク国軍東方軍務部は、東の繁華街マスドライバーの中心地に設置されている。代表はアレス・フィールドクラウ。その下には素晴らしい部下がついており、彼も信頼を置いている人間ばかりが揃えられている。
 言うならば、そこに入る状況はない。
 言ってしまえば、そこに入る余地はない。
 にもかかわらず、東方軍務部への異動希望が多いのは、マスドライバーが良い街だという由縁からだろう。

「……錬金術師が現れる?」

 その東方軍務部の部長室。
 広いソファを使っているアヤトは、コーヒーを飲みながらアレスの話を聞いていた。

「ああ。聞いたことはないか、流石に」
「……聞いたことはないね。第一、錬金術はもう滅んだ学問だろう? かつての大犯罪者、ホープキン一族が使っていた学問として有名じゃないか」

 ラドーム学院――魔術学校の最高機関として設置されている、ハイダルクの学術機関だ――でもそれは有名であり、既にラドーム学院から錬金術のクラスは消滅している。かつては存在していたらしいのだが。

「そのはずだった。そう、そうあるはずだったんだ。けれど、問題が起きた。何だと思う?」
「何だよ、勿体ぶりやがって。通り魔でも起きたか?」
「ザッツライト。その通りだ。……最近、マスドライバーで通り魔で発生してね。それを何とかしなくてはならないと我々が出動する羽目になったのだが……」
「そこで錬金術の可能性が浮上した、と? いったいどういう可能性だったんだ?」
「簡単に言えば、物質の分解の証拠が見つかった」
「分解……?」
「君だって知っているだろう。錬金術の三つの原理、分解、理解、再構築だ。魔術は……ええと、何だったかな」
「解析、構成、分解」
「そう。その三つだ」
「ったく、忘れんじゃねえの。あんただって立派な国家魔術師だろうが」
「……軍の仕事が忙しいと、そうふと忘れてしまうことがあるのだよ。それに、この力はもう出来ることなら使いたくない。そう思っているのだがね」
「焔の魔術師、アレス・フィールドクラウ」
「はは。その名前で呼ばれるのも久しぶりだ」
「知らない人間が居るとでも思っているのか? あんたは何せ十年前の統一戦乱の英雄じゃないか、あんたは」
「……そう思っているなら、少しは敬意を持って話して貰いたいものだね」
「何で? あんたのことは敬意を持って話をしているぞ、僕は」
「まあ、そう言われてしまえばそれまでなのだけれど。……話を戻しても?」
「構わないよ」

 コーヒーを再び啜るアヤト。
 アヤトの返答を聞いて、咳払いを一つするアレス。

「簡単に言えば、錬金術師が居る可能性は非常に高い。しかしながら、このマスドライバーには難民キャンプもあることだし、治安が決して良いとは言えないのだよ。……しかしながら、中央から、或いは初任の場所はここを選ぶ若者が多いがね」
「レガドールと戦いを続けている南方軍務部は勿論、雪山の中に位置している北方軍務部、そしてトライヤムチェン族との関わりが面倒な西方軍務部のことを考えたら、ここが一番だと思いますが。大佐」
「まあ、ここは住みやすい気候だからね。分からないでもないのだが……。問題はその難民キャンプだ。そこに錬金術師が潜んでいる可能性が高い」
「確率は?」
「うん?」
「確率は何パーセントだ、って聞いているんだ」
「大体五割、と言ったところかな。半々だよ、はっきり言ってね」
「……だったら軍を動かせない、という訳か」
「そういうこと。そこで質問なのだが……」
「僕を使いたい、と言いたい訳か?」
「ザッツライト。その通りさ」
「……その言い回し、流行っているのか?」
「何で?」
「いや、気になっただけだけれど……。ところで、確率は五割って言ったよな。仮に僕が出向いた場合、何も見つからなかった場合、どう対処するんだ? まさか『我関せず』なんて言わないだろうな?」
「いやあ、そのときはそれなりに対処するつもりだよ。勿論、私個人の力でね」
「……大佐。やり過ぎにはご注意ください」
「あはは、分かっているよ。やり過ぎには注意する。それぐらいは私だってきちんとしているつもりだ」
「……ほんとうに?」
「そう言われるとちょっと不安になってくるな」
「なるな、なるな! 揺らぐんじゃねえよ!」

 閑話休題。

「とにかく、その難民キャンプに向かえば良いんだな? ええと、錬金術師を捕まえるために」

 立ち上がるアヤト。
 それを見たアレスはアヤトに声をかける。

「アヤト。……決して無理だけはするなよ」
「それ、あんたが言う台詞?」
「私が言う台詞で間違いないと思うのだが……」
「分かった。分かったよ。とにかく無茶だけはしない」

 そう言って。
 アヤトは部長室を出て行くのだった。

「……ほんとうに彼一人に任せて良いのですか?」
「心配かね、ヒカリくん」
「そういう訳で言ったつもりは……」
「ははは。彼ももう十五歳だ。立派な大人……とまでは言えないが、まともに働いているようで何より。五年前……彼が国家魔術師の称号を手に入れたいとここに直談判しに来た時のこと、覚えているかい?」
「勿論。忘れるはずがありません」
「何故国家魔術師を目指すのか、ということについて彼ははっきりとこう言った」
「……『弟を取り戻したい』……と」

 アレスの言葉に付け足すように、ヒカリは言った。

「だが、実際にそんなことは可能なのか? 魔術で出来る範囲なのか? と思う訳だよ。私からしてみれば。人間の意思というものは凄まじい力を、時に発することがあるという。しかしながら、それが実際に叶うだろうか。そう考えていた時もあったのだよ。そして、私はその試験を受けさせて良いものか、そう考えた時もあった」
「そうでしたね。大佐が直々に彼の親に連絡したのでした」
「そう。そしてその結果は……彼の親は既に死んでいた、ということ。言ってしまえば、天涯孤独の身だった、ということ。まあ、幼馴染とその母親が居たから実際にはそうではないのかもしれないがね」
「……後悔されていますか?」
「何が?」
「彼を、国家魔術師に導いて」
「何を後悔しているというのかね?」

 アレスは窓から外の景色を眺める。

「彼には彼の人生がある。どう歩もうと、それは彼が決める道だよ。……さて、我々にはやるべきことが残っている。そうだったな、ヒカリくん」
「ええ。『彼女』も目を覚ました頃合いだと思います。少し話をしてみましょう」

 そう言って。
 二人も部屋を出て行くのだった。

1.最果ての街エーヴィルタウン(7)

  • 2019/09/12 17:44

「……ここに来ているなら連絡してくれれば良かったものを」
 実況見分をしている最中に、アヤトは誰かに声をかけられた。
 その声を聞いて、アヤトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「げ。大佐じゃん。何でここに」
「何でここに……って、ここは私の管轄区だが」
 アレス・フィールドクラウ。
 ハイダルク国軍東方軍務部のトップを務める彼は、アヤトとは長い付き合いをしている仲である。
「……アヤトくん。無事で良かった」
「ヒカリさんも来ていたんですね」
 ヒカリ・ルーゼンベルグ。
 アレスの副官を務める彼女もまた、東方軍務部の人間である。
「……まったく、こんな魔術師を放置していたとは。我々も未だ未だ目が悪いようだな」
「ただの魔術師じゃねえぜ、こいつは」
「……何だと?」
「知恵の木の実を作り出していた。どういうやり方で作り出したのかは知らねえけれど、それについても問い詰めなくちゃいけないところだと思う。それに……」
「彼女も、だな」
 アレスはそちらに目をやる。
 見ると軍の人間にずっと質問攻めにされている白いローブの少女が座っていた。
「彼女は……いったい何者なんだ? 全然分からないぞ。魔術師という風にも見えないし、どうして彼女を管理していたのかがさっぱり分からない」
「管理、か……」
 管理。
 そう、彼は言った。
 正確に言えば監禁と言った方が近いのかもしれないが、何せ本人の目の前での言動だ。言動には注意せねばならない。
「……名前は?」
 アヤトは彼女に近づき、訊ねる。
「『Grimoire Bibliotheque 666』」
「……長い。それに、それは本名じゃないだろ」
「いいや。これ以外の名前を私は知らない……。私は間違いなく『Grimoire Bibliotheque 666』。それ以上でも、それ以下でもない」
「こいつは困ったね……」
「とにかく、二人とも、一度東方軍務部に来てはどうかね?」
 アレスの提案を聞いて、首を傾げるアヤト。
「東方軍務部……っていうと、マスドライバーに? いったいどうして?」
「どうしても何も、彼女を保護せねばならない。彼女がどういう存在であれ、だ」
「そりゃ、そうかもしれないけれど……」
「それに、君とも一度話をしたかったんだ。世界を旅してどうだった? この国以外にも立ち寄ってきたんだろう?」
「……本題はそっちか」
「はてさて、どうだろうね?」
 そう言って、アレスは車に乗り込んでしまった。
 どうするべきか――答えはもはや見えていることだった。
 マスドライバー。
 東方軍務部のある、ハイダルク東の繁華街。
 そこに二人は向かうことになるのだった。

 

1.最果ての街エーヴィルタウン(6)

  • 2019/09/11 18:37

「ちっ!」
 足で円を描いたアヤトは、そのまま袋の中から何かを取りだし、それをばらまいていく。
 それはただの紙片のようだった。しかし、紙片には様々な情報が描かれているようだった。
 紙片が落下する。それは適当に見えて実のところある位置に正確に落下しているようだった。
 ガキン、ガキン! と。
 生み出されたものは、シールドだった。そのシールドが魔力の波動を受け止めて、流した。
「……『携帯型魔術』ですか。流石ですね、噂に聞いた通りの力だ」
「へへん。伊達に、国家魔術師を名乗っていないモノでね!」
「ならば、これはどうでしょうか!?」
 知恵の木の実を口に咥えたまま、両手を合わせる。
 そしてそのままそれを地面にぶつけると、地面から水が湧き出してきた。
「……どういう構造をしているんだよ、そりゃあ!!」
 しかし、シールドはそう簡単に崩れるようには出来ていない。
 彼が作り出したシールドが完璧に守り抜いていた。
「……簡単なことです。この地にやって来た魔術師の記憶をエネルギーにしただけのこと! 確かその魔術師は水の魔術が得意だったと聞いています。ですから、私が思えば、思うように水が生まれていく!」
 部屋が水に沈んでいく。
 しかしながら、彼の四方を囲んだシールドはその状況ですら守り抜いていた。
 だが、それにも限界はあった。
「……このままじゃ、不味い……」
 ぽつり、と彼は呟いた。
 そう。酸素の問題だ。仮にこの水を抜くために別の魔術を放つとしよう。しかしながら、その間に一瞬の隙が生まれる。その隙は見せてはいけない、そう思っていたのだ。
 だから彼には今一瞬の隙も生み出す猶予はない。
 どうしても彼はこの戦いを逃れなくてはならない。そして、知恵の木の実を手に入れなくてはならなかった。
 知恵の木の実を手に入れて――弟を取り戻す。そのためには――。
「……わわっ! 水が大量なんだよーっ!?」
 声が聞こえた。
「!?」
 フェルトはそちらを向いた。
「今だ!」
 アヤトはフェルトの魔術の水に直接手を触れた。
 解析。
 魔術の要素には、解析と構成、そして分解の三つの要素が存在する。解析と構成は一つの魔術を生み出すだけの要素になるが、分解ともなると話は格段に難しくなる。
 魔術。それは、魔術から生み出されたものを分解し、解析し、理解し、それを改めて構成し直すことが出来る。
 それが出来る魔術師は限られており、だからこそ、彼らを国家魔術師と呼ぶ訳だが――。
「しまった、魔術を解析されてしまったか!?」
「気づいたかもしれないが、もう遅い!!」
 逆流。
 フェルトが魔術に利用したエネルギーを『逆転』させることで、そのエネルギーをフェルトに向けさせること。
 それを行うことで何が起こるか? もはや、言うまでもないことだった。
 刹那、フェルトはその濁流に呑み込まれ、意識を失った。

 

1.最果ての街エーヴィルタウン(5)

  • 2019/09/11 12:08

 犠牲者は見つかった。全員が名乗り出ることはなかったが、その殆どが記憶を失っていた。しかし、現実にあまり影響の出ないようになっている。それは恐らくフェルトの配慮だろう。いきなり自分の家から完全に記憶を失った存在が現れればそれはそれで問題だからだ。
 ともなれば、彼は向かわなくてはならなかった。
 目的地は、フェルト・アールカンバーの屋敷。
 フェルト・アールカンバーの屋敷に着くと、再びフェルトが出迎えてくれた。
「これはこれは、アヤト殿。どうなさいましたか?」
「お前が持っている知恵の木の実について聞きたいことがある」
 眉を顰める様子を見せたが、フェルトはそれを一笑に付した。
「……何でしょう?」
「知恵の木の実は地球の記憶エネルギーを使って、それを糧として魔術を放つことが出来る、だったな?」
「ええ、そうですね。それはあなたも知っていることではないですか。いえ、あなただけではない。国家魔術師なら常識といえる内容とは思えませんか?」
「だが、知恵の木の実は実際に製造することが出来る、としたら?」
「……ほう?」
「知恵の木の実は人間の記憶エネルギーを吸い取ることで生み出すことが出来る。それをあなたは知っている。そして、あなたはただの人間にそれを適用した。……とすれば?」
「笑止」
 フェルトは一言そう言った。
「仮にそうだとしても、私にメリットがないではありませんか。寧ろ、デメリットしかない。そんな状態を実際に私がやってのけるとでも? 有り得ない。そんな無価値なこと、やる訳がない」
「いいや、やっているんだよ。あんたは現に。……あんた、僕が帰ってから一人の少女がここに出向いていたことを知っているか?」
「いいえ」
「彼女は兄の記憶を奪われた、と言っていたよ。それもあんたの家にやって来てから、だ。おかしいとは思わないか? 因果関係の一つや二つ、見つかってもおかしくはないか?」
「……全くもって愚問ですね。そんなこと有り得るはずが」
「彼女だけじゃない。もっと沢山の人間が記憶消失に苦しんでいた。それも全て、お前が出した『アルバイト』が目的だ」
「……ああ、あのアルバイトですか」
「もう逃げも隠れも出来ないぞ、フェルト・アールカンバー。お前は知恵の木の実を濫造し、その代償に人間の記憶エネルギーを流用した。これは立派な犯罪だ。東方軍務部にお前の身柄を提出しなくてはならない。いや、既に連絡を済ませてある。……あと数時間もすれば、東方軍務部の人間がやって来るだろうな」
「黙れ……」
「あ?」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――!」
 刹那、彼から謎のオーラが放たれた。
 否、オーラというよりかは、魔力の波動と言った方が良いだろう。
 

1.最果ての街エーヴィルタウン(4)

  • 2019/09/11 11:53

 簡単に言えば、だ。
 フェルトが人々の記憶をいかにして奪ったのか、は問題ではない。
 問題として問われるのは、フェルトが人々から記憶を奪ったのかどうか、だ。
 その証拠を集めるのははっきり言って簡単なことではないだろう。
 しかし、彼には頑張らなくてはならない理由があった。
 知恵の木の実。
 それを手に入れることが出来れば、もしかしたら弟を取り戻すことが出来るかもしれない。
 そう思えば、心が躍るというものだ。悪者退治に出る、というよりかは自分の望みを叶えるために動いている、と言えば正しいかもしれない。少し考えれば辿り着くはずの結論ですら見誤ることになるのだから。
 お気軽に物事を解決することなんて出来やしない。それは誰にだって言えることだと思う。
 しかしながら、それを受け入れる人間なんて実際の処いやしないのではないだろうか?
「……先ずは証拠を見つけなくてはいけない。しかしながら、そう簡単に証拠を開けっぴろげにしておくとも思えないし……」
「あら。どうかしたのかしら、お客さん?」
 そういう訳で彼がやって来たのは街の喫茶店だった。
 喫茶店と言ってもカウンターのみの店舗で、そのカウンターも外に出ている。雨が降ったらどうなるんだろうか、という構造の喫茶店だった。
 そんな場所で提供されるコーヒーも大した味ではないだろう、なんてことを思いながら彼はコーヒーを注文していた。ここでは女性が一人で切り盛りしているようで、いつも彼女は注文に追われているようだった。メニューが多いことも理由の一つだろう。近所に食事処が見つからないこともあり、軽食の類いも取り揃えているように見える。
「……いや、ちょっと捜し物をしていてな……」
 彼はコーヒーを受け取り、一口啜る。
 案の定というか、想定内というか、その味はまずかった。
 泥水を啜っているような味――というのは言い過ぎだが、コーヒーを水で薄めているような感覚。それを味わっていて、本場のコーヒーを味わったらきっと頭に電撃が流れるに違いない。そんなことを思いながら、彼は喫茶店の主に問いかけていた。
「少しでも良い。この街の領主、フェルトが……何らかの実験を持ちかけてきたことはないか?」
「……はあ、実験、ですか?」
「そうだ。実験だ。どんな内容だって良い。例えば、アルバイトの告知だって良いんだ」
「アルバイトの告知なら……ほら、そこに」
 彼女は壁を指さす。
 するとそこには一枚のチラシが貼られていた。
 そこにはこう書かれていた。
『一日過ごすだけで五千エール! 連絡はフェルト・アールカンバーまで』
「……胡散臭いな」
「そう思うかもしれないですけれどね? 五千エールなんて、私の数日分の稼ぎに値するんですよ。たまに思うんですよ。人が来ない日はフェルトさんの家に行けば五千エール貰えるしそれも有りかな……って」
「駄目だ、絶対に」
「え?」
「……いや、済まなかった。良い情報を有り難う」
 銀貨を数枚置いて、喫茶店を後にするアヤト。
 情報は揃った。
 後は『犠牲者』を探すだけだ。
 

1.最果ての街エーヴィルタウン(3)

  • 2019/09/07 20:31

 次の日。何か進展することもなくそのまま立ち去ることになったアヤト。
 フェルトの家の前に、一人の女の子が居るのが見受けられた。

「おい、何をしているんだ?」

 アヤトは彼女に問いかける。

「お兄ちゃんが、この家に行ってからおかしいの!」
「おかしいって、どういうことだ?」
「何だか……記憶が抜け落ちたというか……」
「記憶が抜け落ちた?」

 嫌な予感がする。彼はそう思った。
 だから彼は、彼女と一緒にその家に向かうことにした。
 そうしなければならない、と思ったから。
 家に到着すると、青い髪の少年に出会った。

「君が、彼女のお兄さんかい?」
「え? あ、はい。そうですけれど……」
「僕は、国家魔術師だ。……何があったか教えてくれないか?」
「何があったかなんて……全然思い出せないんですよね……。ただ、お金の入るバイトがあったんです。それが……」
「フェルト・アールカンバーの家だった、と?」

 こくり、と頷く少年。
 彼の中で何かがざわついた感覚があった。
 そして、それは直ぐに確信に変わるものだった。

「噂に聞いたことがある……。君は、記憶を失った。そうだね?」
「あ、はい。そうです。ここ数年の記憶をさっぱり失ってしまったんです……。だから、全然分からなくて……。頭をぶつけたんじゃないか、なんて言うんですけれど、それだけでそんな記憶を失うんでしょうか……。国家魔術師なら、それも分かったりしませんか?」
「うん。分かるよ。それはきっと……誰かに『記憶を奪われた』んだと思う」
「記憶を……奪われた?」
「そうだ。記憶を奪われたんだ。そして、奪われた記憶は……あるものに返還された。それは君に言っても分からない代物だ」

 だが、アヤトには分かる。
 噂には聞いたことがある。知恵の木の実には純正と非純正のものが存在するということを。純正は地球の記憶エネルギーを詰め込んだ代物だが、非純正の代物は――人間の記憶をエネルギーにしたものを詰め込んだ代物だということを。

「何をしでかしたんだ……あの魔術師は」

 彼は家を出て、ある方向を向く。
 その方向には――フェルトの家があった。

「どうやら、もう一度あの家に向かわなくてはならないようだな……。だが、その前に情報を収集しなくてはならないだろう」

 そして、彼は歩き出す。目的は一つ。フェルトが人々の記憶を奪ったという証拠を集めるためだ。
 

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